連載!Part 2 団塊世代へ贈るタイからのエール
タイで見つけた新しい人生。
タイの異文化に触れて日本人の
価値感を振り返る。
日タイ・ロングステイ・ネットワークの現地
サポーターでもあり、タイ・ロングステイア
ドバイザーの竹内健さんのブログ。
好評につきパート2を連載いたします。
竹内 健 (たけうちたけし)さん
<プロフィール>
神戸出身 妻と長男、次男の3人家族。
1949年生まれ(62歳)の団塊世代。
10年前に友人の誘いで行ったタイに
魅せられ、大手情報機器メーカーを
定年退社後1年の大半をタイで過ごす
タイロングステイマイスター
(ロングステイの達人/写真右端)
Vol.76
「 災害後の日系企業の行方・・・・!? 」
2012.2.12
昨年3月、東日本大震災が
発生に伴い、過去経験し
たこともなかった巨大津波
が東北地方の太平洋岸急襲。
しかも、それを起因とした
福島原発の放射能漏れ事故。
これら未曾有の自然災害と
未経験の事故を発端に多く
の人たちが既に一年迎えよ
うというのに未だ元の生活
に戻れず困窮している。この間、人々の生活だけでなく日本の産業界も生産 & 物流面で大ダメージを受け続けている事は誰もが承知の事実と思う。
昨年11月から12月にかけては、タイでも50年ぶりとも言われている大降雨による災害が起こり、タイ中部から首都バンコク都に向かって大洪水が発生したことは、以前このブログでも記させて頂いた。日本と友好国であるタイには3000社を超える日系企業が進出しており、大洪水はバンコク周辺に点在している多くの工業団地も飲み込んてしまった。そした未だ再開していない工場も数多いと聞く。
そんな暗いニュースやマイナス要因の多い中、野村総合研究所が実施した調査記事が目に止まっため今回記させて頂く事する。
今回は非製造業ではあるが、海外進出日系企業を対象とした調査での回答分析の事。回答企業349社のうち海外に拠点を設け事業を展開していたのは95社で、71.9 % が中国、50 % が東南アジア諸国連合(ASEAN)に進出していた。ASEANへの進出はシンガポールとタイがそれぞれ28.1 % 、ベトナム16.7 %、マレーシアとインドネシアがそれぞれ14.6 % 、フィリピンが12.5 % だった。
海外進出を検討していたのは68社で、進出先は中国 55.9 % 、タイ 32.4 % 、ベトナム30.9 % 、マレーシアとインドネシアが各 25.0 % 、シンガポールが 23.5 % だった。
進出済みの企業のうち、タイへの進出が「成功した」との回答は25.9 %、「どちらでもない」は66.7 %、「失敗した」は7.4 % だった。ASEANで「進出成功」の割合が最も高かったのはシンガポールで40.7 %、 2位はマレーシアで 35.7 %、インドネシアは14.3 %、ベトナムは12.5 % だった。東アジアでは中国 27.9 %、台湾35.7 %、韓国30.4 % 。ASEANで「進出失敗」の割合が最も高かったのはシンガポールで14.4 % 、ベトナムは12.5 %、マレーシアはゼロ。一方、韓国は26.1 %、中国は20.2 % だった。
またバンコク日本人商工会議所が発表した別の記事によると、12月27日―1月9日に会員企業を対象に行ったアンケート調査(回答企業183社)で、昨年10―12月にタイ中部で発生した洪水で「工場冠水など直接的な被害を受けた」企業は43社で「取引先が冠水など間接的な被害を受けた」は112社。「被害は全く受けていない」のはわずか35社だけだった。
直接的な被害を受けた43社のうち、「ほぼ、あるいは完全に復旧が終了した」は11社、「ラインの一部が再稼動を始めた」は6社、「洗浄、設備のリセットを行っている」は19社だった。
2012年冬季賞与を支給するとの回答は直接的な被害を受けた企業が40社、間接的な被害を受けた企業が105社、被害のなかった企業が33社だった。・・・・と言うことは、災害による大ダメージに拘わらずタイに進出している93 % 以上の企業が賞与支給してくれることは他人事ながら嬉しいニュースだった。
小生がいつも訪れるバンコク北 & 北東部地区にあるゴルフ場では、何百人というキャディーさんたちが仕事を失いプレーに来てくれるお客さんが居なければ無収入 & 解雇といった境遇になってしまった。知り合いのキャディの何人かにもTEL 確認してみたが、「マイペンライ!!」「皆で頑張っているから大丈夫!!」といういつもの明るい声が返ってきた。
リタイアメントシニアの小生の出来ることは、ゴルフに行ってそのキャディさんを指名してあげる事くらいしかないのだが・・・・・。
しかしながら今回のことで日本の企業は、たとえ異国であっても自社で働いている人たちを一番にに考えている事が判り、日本人である事を誇りに思え、ちょっと暖かく感じた。
Vol.75
「 タイ人がタイ人と言い切る日本人・・・・!? 」
2012.1.26
一年ほど前、当LJTの
にご参加されたT氏が日本で
取引先の親しい方から 'タイ
・スワナプーム国際空港'近く
「バンサオトーン」という地区
で息子さんが日系企業に駐在し
ているという事をお聞きしたら
しく、職場見学と面会を兼ねて
二度目の訪タイをしてこられた。
たまたまバンコクに居た小生は T氏からお声掛け頂き夕食をご一緒する事となった。その時、タイで駐在の'知人の息子さんY氏( 42才)'も同伴されていた。Y氏は純然たる日本人なのだが、タイ人ウエイトレスとのやり取りは正にタイ人そのもの。余りにも流暢なタイ語に・・話し相手のタイ人女性に確認すると・・「彼はタイ人だ!!」と言い切るくらいなのだ。
お聞きすれば、タイ駐在暦 17年。東京在住のお父上の'縁故駐在'という他人が羨むご身分ではなく、ご自身の実力だけで現在のポジションを築かれたバリバリのビジネスマンなのだ。日系現地法人で1400 名の従業員を抱える工場の最高幹部らしい。
タイでロングステイしているシニアロングステイ身分の小生としては、いろいろな駐在の日本人とお会いする機会もあるが、一から自力でポジションを築き上げ成功したという事例は数少ない。
Y氏は、タイという国にどっしり根を張り、奥様もタイ人女性との事。日本からの幹部駐在員宅では一般的なメイドを自宅に雇わず、奥様がすべて自分でされるという日本の家庭そのものとお聞きした。タイでは住み込みのメイドを 2 - 3万円/月で雇えるため、タイのゆとりのある家庭ではメイドを雇い、掃除 & 洗濯 &食事etc.一切の家事をしてもらう事が一般的と聞く。
小生が住んでいるマンションでもメイドまで雇わないものの、洗濯物はすべて外注し、掃除も週一回定期的に外注している人たちが非常に多いみたいだ。人件費が安いタイだからできる事なのだろう。狭いベランダに置いた自前の洗濯機で毎日衣類を洗ったり、毎日の日課として小まめに掃除している小生が返って珍しい目で見られているようだ。
そんな'良き日本風土・・??'を異文化タイに持ち込み、タイ人伴侶にも実践してもらっているY氏ご夫婦と翌日ゴルフをご一緒させて頂くことになった。ゴルフコースは、誰もが羨む名門' タイカントリークラブ '・・・・会社が法人会員との事でラッキーにもメンバーゲスト扱いでプレーさせて頂いた。
メンバーロッカー No.1にはタイに由縁あるタイガー・ウッズの名札が掛かり、クラブハウス内には記念写真も数多く飾られている。またタイガー・ウッズがワンオンした 10 番352ヤード/パー4のミドルホール脇にはワンオン記念碑が建てられ、初めて訪れたゴルファーの記念写真を写す場所として有名だ。ゴルフを愛する方なら写真をお持ちの方々も多いのではないだろうか・・・!?
そんな名門コースにもご一緒させて頂き、プレー中にも17年のキャリアで学んだ「タイ国」「タイ人」「タイ風土」「タイの良い処」「タイの悪い処」・・・・etc.いろいろ多岐にわたって教わった。
'ロングステイ暦'数年の小生にとっては、大発見だらけの意義或る二日間だった。「タイ人からタイ人だと思い込まれる」ようになる迄に得た知見を二日間とはいえたった5- 6時間程で学ぼうとするにはおこがましいが、まだまだ知りえない事が数多くあり、益々タイに嵌まり込みそうな自分を再確認した。
Yさん並びに紹介頂いたTさん、本当に有難うございました。これからも"アドバイス"よろしくお願い致します。
Vol.74
「 タイ進出日系企業は、3,000社超・・・・!? 」
2012.1.17
からバンコク都にかけて50年ぶ
りとも云える大洪水が押し寄せ
た。日本でも連日TVニュース
で流されたことは記憶に新しい。
東北の太平洋側を襲った"津波"
のような瞬時の破壊力とは違い、
長引く大雨により北部のダムが
許容量を超えた事による放水で
じわじわと押し寄せ、首都バンコク周辺の工業団地でも1?2 mも冠水し、製造ラインが壊滅的な被害を被った。
ロジャナ工業団地のホンダの四輪工場をはじめミネビア、ニコンetc.約200社/労働者10万人の工場も一階部分が水没したということをVol.67 のブログで記したが、生産拠点の中心ををタイに・・・・とすすめてきた日系企業にとってはたまったものではない。
いったいタイにはどれくらいの日系企業が進出いているのか気になるところだが・・・・
帝国データバンクの調査によると、タイ進出が判明した日系企業は2011年10月31日時点で3,133社。その内訳として「製造業」が1,735社と全体の55.4 % を占めた。以下「卸売業」739社、「サービス業」234社、「運輸・通信業」137社、「建設業」108社、「小売業」63社、「不動産業」23社・・・・となっている。
業種細分類でみると、「産業用電気機器卸」が95社、「自動車部分品製造」94社、「その他の投資業」58社、「金型・同部品等製造」58社、「工業用樹脂製品製造」57社、「自動車操縦装置製造」57社、「金属プレス製品製造」54社、「各種商品卸」40社、「ソフト受託開発」38社、「工業用ゴム製品製造」38社・・・・となっている。。
年間売上高が判明した2,983社を年商規模別にみると、「 10億円未満」648社、「10億円以上100億円未満」1.030社、「100億円以上1,000億円未満」895社、「1,000億円以上」400社・・・・とある。
従業員数別では「10人未満」 353社、「10人以上100人未満」1,105社、「100人以上1,000人未満」1,186社、「1,000人以上」 489社となる。
都道府県別では「東京都」が1.119社、「大阪府」は447社、「愛知県」343社、「神奈川県」178社、「静岡県」 138社、「埼玉県」 93社、「兵庫県」 89社、「長野県」77社、「京都府」71社、「広島県」54社、「千葉県」44社、「福岡県」41社、「新潟県」33社、「富山県」31社、「群馬県」30社・・・・となっている。
まさにタイと日本とは、ビジネスにおいて切っても切れない関係があることは間違いなさそうだ。
Vol.73
「 人災 & 天災での訪タイ者数は一喜一憂・・・・!? 」
2012.1.8
このブログでも以前記した事
だが、「赤服団」と「黄服団」
の政権奪取争いが過去から続
いているが、3 年ほど前に
黄服団によるタイ・スワナプーム
空港占拠があり、タイ旅行を楽
しんでいた旅行者が一週間近く
有無を言わせず足止めをくった。
日本の外務省の海外安全ホームページでも'渡航の注意喚起etc. 'の発令で訪タイ者の数が一機に激減した。しかし、月日が経つ事により徐々に制御の気持ちが薄れてくると"タイの魅力"を思い出したかの様に訪タイ者数がUPする。
ところが、1年半ほど前に赤服団の市街地占拠騒動が発生するや否や又もや訪タイ者数が激減に転じてしまう。歴史ある観光大国としては収入獲得のためタイ政府観光庁(TAT)が先陣を務め一日も早い「平和で安全な微笑の国」としてのイメージ回復のため数々の努力を実施するのだ。
その結果 2011年9月には訪タイ外国人の数は、前年同月比 22.7 % 増の 149 万人にまでの成長路線回復におよんだ。東アジアからは 23.9 % 増の 87.9万人で、マレーシアやラオスetc.東南アジア諸国連合(ASEAN)からも12.2 % 増の 45万人だった。中国人は 46.6 % 増の14.8万人、日本人は 35.9 % 増の11.9万人、韓国人は 30.7 % 増の 7.7万人だった。ヨーロッパからは 20.9 % 増の 27.1万人で、英国人が 10.4 % 増の 5.7万人と最も多かった。
これなら観光国'タイ'としては 2011年度着地予測も上々・・・・と皮算用していたはず。ところがその皮算用想定日から 2ケ月も経たないうちに大洪水という天災がタイ国中部地区から首都バンコクにかけて襲ってきたのだった。バンコクへの旅行者なら必ずと云って良いくらい日帰りで訪ねる古都"アユタヤ王朝"の壮大な遺跡群が大洪水により、まるでベニスのような水の都と化してしまい、訪れる観光客も無くなってしまった。昨年12月上旬には完全に水も引き、元の壮大な古都に戻っているのだが、すぐには観光客の足も戻らなかったのが実情のようだ。
日本でJTBがまとめた年末年始の旅行動向によると、2011年12月23日 ― 2012年1月3日に海外旅行に出かける日本人は前年同期比 4.7 % 増の 59.6万人、旅行の平均費用は 0.8 & 増の20万4700円となり増加した様子。旅行先は、アジア 36.6万人(前年同期比 6.4 % 増)、北米 3.9万人(同▲ 4.9 % 減)、ハワイ 5.2万人(同 10.9 % 増)、グアム & サイパン 4.1万人(同 5.1 % 増)、欧州7.2万人 (同 2.9 % 増)、オーストラリア & ニュージーランド & 南太平洋 1.9万人(同▲ 9.5 % 減)。アジアでは、韓国 11.1万人(前年同期比 3.7 % 増)、中国 8.8万人(同12.8 % 増)、マレーシア1万人(同11.1 % 増)etc. ほとんどが上回る見通しだが、大洪水を発生したタイが ▲16.7 % 減の 2万人に落ち込む結果になった。
一喜一憂も"自然"の起因であればやむ得ないしれないが、バンコクを半分セカンドライフ先としている我がままシニアとしては、マイナス成長は避けて欲しいと願うばかりだ。
Vol.71、72連続掲載
「 老人介護問題について・・・・ Part 1 」
2011.12.23
我々日本を取り巻く社会環境
度的に進みつつある事は誰し
も認知している事と思う。
団塊世代が年金受給者となり
はじめた中で過去のプール分
と今後の現役組からの追加分
を加算しても近い将来において年金財源破綻は避けられない。
そんな環境下にあって現役リタイアしたシニア連としては限りある老後資金の中で如何に生活設計を立てていくかが最大のテーマとなっている。
30年以上長きにわたり働き続け、さぁこれからリタイア後のセカンドライフを・・・・と考えていると、いろいろな障害に出くわす事が多々ある。子供達も自主自立してくれ、限られたセカンドライフ資金を有効活用するためなるべく生活費を安く抑え、ご夫婦二人で心身とものんびりできる海外でのロングステイを・・・・と考えている方もいるのではないだろうか・・・??
ところが、いざ海外でのロングステイとなると踏み切れない要因の一つとして"老いた親の面倒を誰がみる・・・!? "と云った事をよくお聞きする。確かにそのとおり、60歳で定年退職しても平均寿命の世界一を歩む日本ではご自身や奥様の'親'が要因となっている。お元気なら生活も別にかまえておられるだろうが、要介護etc.の認定を受けた'親'をほったらかしにして自分たちだけが"のーんびり海外ロングステイ"なんてできる訳がない。
私事で申し訳ないが、実はワガママ・リタイアメントシニアの小生も10年ほど前から要介護認定を受けている現在90歳の母がいる。30年以上前に父を亡くし20年近く一人で生活していた母も、娘(小生の姉)が先に他界してから自律神経を病み(うつ病)一機に老け込んでいった。一人にさせておく事もできず同居し、小生自身要介護4という寝たきり老人の世話を何年もしてきた経験を持つ。パート勤めをしていた嫁さんにあまり負担させないように現役として小生が会社に行っている間にヘルパーさんにきてもらい、風呂や朝晩の下の世話は小生の役割分担としていた。今考えるとよくできたものだ。しかし疲れが溜まった或る日、会社の階段で足を滑らせ骨折してしまった。その日訊ねてきたヘルパーさんが小生の「ギブス & 松葉杖」の情けない姿を見てケアマネージャーに連絡し、母の面倒を看れなくなった小生に対し、母の"特別養護施設"への入所手配を早々とやって頂いた次第。
本当にありがたい事だ。おかげで今は神戸自宅近くの'特養施設'に移らせてもらい母も落ち着いた生活を送っている。
余談だが、寝たきりの'要介護4 'だった母が、今は'要介護2 'と良くなっている。それは、施設職員の方々の'安心 & 安全'な対応はもとより、広々とした廊下やトイレを車椅子に乗ったままで移動できるということで自らのリハビリができ驚異的な回復がなされたものと云える。中には自分の親を施設に入れる事に抵抗を覚える方もいるかも知れないが、職員の方を含め良い環境の施設にお世話になれば老人本人も年齢と逆行して元気になる姿を体験した家族としては、施設入所も前向きに検討すべき方策と考える。
小生の場合、たまたま良い施設に母親がお世話になれたからリタイア後も自身安心してワガママ・セカンドライフを過ごごせているものの冒頭に記したように'少子高齢化'の中で'特養'と呼ばれる「特別養護施設」なり'老健'と呼ばれる「介護老人保健施設」への入所は年々厳しくなってきている。増え続ける需要に対し、全く施設の供給が追いついていないのが実情だ。要介護老人を看る家族もリタイアメントシニア、施設入居費負担もリタイアメントシニア。まさにリタイアメントシニアと云えど、心身とも悠々自適には程遠いものがある。
そんな折、タイでの"介護施設"を見学する機会をもった小生は、団塊世代諸氏へのメッセージとして、次回は'老人介護'の続編として記させて頂く。・・・・乞うご期待・・・・!!
「 '続'老人介護問題について・・・・ Part 2 」
日本における老人介護のこと
の役割について前回ブログに記
したが、今回は "タイ"での
介護施設について見聞きしてき
た事をお伝えする。
その前に、現在のタイ国が長寿
世界一と云われるの日本と比べ
てどれくらい違うのか一部対比してみると・・・
タイvs (カッコ内・・日本)という記し方で、タイ国総人口 : 6,740 万人 (12,730 万人)、
タイ国平均寿命 : 70 歳 (83歳)、内訳として 男: 66.6歳(79.6歳)/女: 74.4 歳(86.4 歳)、60歳以上の高齢者率 : 11.5 % (30.2 %)となっている。・・・ ( 2010年/ WHO Dataより )
ほぼ日本の30年前に類するらしいが、ここ10年のを見れば年23 % もの伸びを示しているとの事。まさにタイもまだ大丈夫!!・・・・と云っておれない実情が迫ってきている。
前々から日本での介護施設への入所が年々厳しくなっており、海外への施設はどのようになっているのか・・!? と云った問い合わせが幾つかあった。そんな中、2010年11月15日タイ国政府官公庁共催で「タイランド・ロングステイフェア」が大阪で開催されることを知った。たまたま神戸に戻っていた小生は、その中で老人向け介護施設をタイで始めて取り組んでいる「クルアイナムタイ病院」が協力参加しているのが目に留まりフェア参加申し込みをし見学に行った。
ちょうどタイでは50年ぶりとも云える大洪水が発生し、タイでのロングステイなんて?? と思われがちだが・・・・何と会場は大盛況だった。メインのパネルディスカッションや質疑応答を挟み、各ブースで協力事業所の説明もなされていたため小生は目的の「クルアイナムタイ病院」のコーナーでいろいろ質問をさせてもらった。その時応対頂いたのが、病院でコーディネーターの役割を担う'ジトラッダーさん'だった。流暢な日本語で丁寧に説明して頂き、その時 12月1日から予定している次回訪タイ時に是非施設の見学をしたいとの申し入れをした。
もちろんフェアから戻り、小生なりにタイでの老人医療と介護施設の実情と課題についてもインターネットで調べてみた。その中で必ずキーワードのように出てくるのが「クルアイナムタイ病院」並びに「クルアイナムタイ2老人病院」「クルアイナム・ナチュラル(老人)ホーム」という名前だった。タイではじめての高齢者医療施設ということで150名のスタッフ体制を敷き、入所者の国籍もタイだけでなくシンガポール、日本、台湾、米国etc.
ますます興味を抱き是非この眼で確認したくなった次第・・・・。そんな訳で 12月に訪タイし施設見学のアポイントメントをとり、12月16日いよいよ見学実現。当方は、日本人受け入れには今後も日本語ができるスタッフの採用も可能と考え、小生がサポートする日本語教室のソムヤー教師とその生徒を含め計3名で伺ったのだが、先方も会議室にPCプロジェクターを用意し、本部からのマネージャー含め4名。総勢7名の格調高きミーティングとなった。そもそもの訪問目的etc.を伝え、何と1.5時間の意見交換会が持たれた。昼食もご馳走になり、その後「老人病院」「リハビリ施設」「老人ホーム」etc.の施設を一時間かけて案内してもらった。
小生も母親を何年もの間、介護施設でお世話になっているため「介護する人 & 介護される人」の着眼点は解っているつもり。いろいろ入所のお年寄りや介護士さんに直接話し掛け、それとなく質問してみたが・・・・何と、皆が笑顔で答えてくれた。小生の中では施設 & 設備、それに大事な'接する人'を含め、日本の施設と比しても及第点だった。
わずか数時間観ただけで判断するのはリスクがあるかも知れないが、異国タイにあってよくここまでの施設を造ったものだと正直感心させられた。確かに入所となると言葉の弊害もあるだろう!! しかし、この弊害はこれからお互いの努力によってクリアできる課題とも云える。介護が必要な耳も遠くなったお年寄りにとって一番大事なのは言葉より、優しく扱ってくれる方が最も安心できる・・・という事を母を観て居ていつも感じるからだ。
いづれにしてもロングステイをタイでするなら、気がかりな要介護老人を一緒に連れてきても対応できる施設がタイにもできた事は大きな収穫だった。
最後に、入所負担費用に関しては一般のタイ人は無理かも知れないが、日本の施設の必要費用となら同等なので少しは安心できる。・・・とだけはお伝えしておこう。
Vol.70
「 1ヶ月半ぶりのバンコク戻り・・・・!? 」
2011.12.10
のアヤタヤ県を発端に50
年に一度あるか否かと云
われるくらいの大洪水が
発生した。
タイ国の首都バンコクを
蛇行しながら南北に流れる
チャオプラヤー川の上流
には王様ご夫妻の名前を
つけた「プミポンダム」「シリキットダム」を初めとし、いくつかの基幹ダムが存在する。一年間の季節を「乾季 & 雨季」に二分される南国において、「乾季」には連日全く雨が降らない日が何ヶ月も続く。農業国タイでは雨が降らないと農作物が育たず成り立たなくなってしまう。そのような時役立つのが雨季に溜め込んだ巨大ダムの貯水なのだ。
一方「雨季」になれば毎日雨が降る。但し日本の梅雨とは違い終日ジメジメとした長雨が続くのではなく'スコール'と呼ばれる集中豪雨が夜中や明け方に小一時間ほど降りしきるのだ。わずか一時間と云えど降雨量は半端ではない。バンコクの街中でも排水の許容量を遥かに超え、一般道路も足首あたりまで冠水することは日常茶飯事の出来事なのだ。
ところが、今回バンコク都までも襲おうとした大洪水は想定外の出来事だった。本来小一時間で止むはずの雨が終日続いたため、チャオプラヤー川上流の各基幹ダムの貯水量が満杯となり、放水せざるを得なかったのだ。しかも海の大潮と重なったため多量放水された水の行き場が無くなってしまった。
遺跡で有名なアヤタヤ県が水の都と化し、さらに南下した水群がバンコク北部の日系企業が集る工業団地を水没させたことは日本のマスメディアも大きく取り上げ、TV でその有様をご覧になった方々も多いと思われる。
その後も洪水の進路はバンコク都の中心地区間近に迫っていたが、官&民初めとするビジネス街や観光客が多く集る商業ゾーンへの浸水を防ぐため進水経路に急きょ防壁を築き上げ、何とか街中への進水はせき止められたのだ。しかし、せき止められた水は停滞しバンコク都北部地区ではまだ水はけが出来ていないのが実情のようだ。
たまたまバンコクの北部ドムアン空港近くに住む知人宅(戸建て住宅)が被害を蒙り、自宅付近の写真をメールで送ってきた。そこには1階部分がほぼ水没し、マイカーも水中に没してしまっていた。もちろん家族はパタヤ方面に避難しており無事だが、今後の事を考えると・・・・と頭を抱え込んでいるみたいだ。尚11 月末時点でも自宅の水位は120 cm とのことで、未だマイホームに戻れていない。
中心街は洪水の素振りも感じさせないが、バンコク北部でせき止めた水が東西の運河に流れ込み、、少し外れた周辺地区では主要道路も70 cm位までの水かさとなったらしい。ちなみに小生のすむマンションでは防壁で周囲を囲ってしまい一切水の浸入は無かったのだが、道路向かいのスーパーまでボート・タクシーで行き来したとの事。正に池の中に家が建っている様子だったみたい。
小生は自宅付近の水が完全に引いた事を確認し、12月1日の便でほぼ 1ヶ月半ぶりにバンコクに戻った。関空発のJAL 727便の搭乗客は 50人も乗っておらず洪水の与えた影響は多大といえる。
今回発生した洪水は色々な物も一緒に流したため、あちこちにゴミのような残骸が多く残っているのを目にする。水の脅威は治まっているものの乾いた道の周囲にはホコリが舞い、元の状態に復帰するにはもう少し時間がかかりそうな気がする。
そんな中でもタイ人はいつもどおりに元気一杯なのには励まされてしまう・・・・まさに「微笑みの国」での「マイペンライ」の真骨頂を改めてみたような気がした。
Vol.69
「 交通渋滞回避なるかBTSの一部延伸・・・・!? 」
2011.11.17
相当以前ではあるが Vol.12で
バンコクの交通手段というブログ
を記した事がある。国際都市バン
コクは世界一と悪名があるくらい
朝夕の通勤時間帯には車の大渋滞
が街中の幹線道路で起こっている。
普通タクシーで10分程度の距離も通勤時間帯ともなると1時間以上かかる事は当たり前。タイ人は慣れてしまっているのかクラクション一つ鳴らさず微動だにしないラッシュに身を任せる。このへんは一度でもバンコクを訪れた方なら必ず頷いて頂けるものと思う。タイ政府もこの悪名(渋滞)回避のため「BTSまたはスカイトレインと呼ばれる高架鉄道」「MRTと呼ばれる地下鉄」を走らせているが、まだまだ日本の大都市のように交通ネットワーク網が行き届いている訳ではない。
そんな中で今年8 月12日(祭日) BTSスクムビット線が 5 駅延伸開業された
延伸区間の開業後、初の平日となった 8/15(月曜日) BTSの1日の乗客数が57万2626人となり過去最高を記録した。それまでは 51万957 人が開業以来12年間の最高だったが、それを12 % 上回った事になる。既存のオンヌット駅から新しくベーリン駅までの5 駅 / 5.3 km 区間であるが、幹線道路のスクムビット通りの上を南北に走り、沿線には住宅地が広がるため今までバスやマイカーでの渋滞通勤にうんざり & 我慢してきた沿線住民が渋滞に関係ない高架鉄道BTSに殺到したものとみる。
しかしながら、住民期待に答えるべく8/15(月曜日)の通勤ラッシュ時は東京並みの混雑となったにも拘らず 3 両編成の従来車両のままだった為、列車に乗り込めない乗客が続出しBTSの運営会社BTSCはドイツの車両メーカー'シーメンス'に車両追加発注しているものの・・・・納車が始まるのは 1 年以上先の 2012年の年末からで、まだまだ当分の間BTSの混雑は続きそうな気配だ。なんとも'タイらしい'と云えば'タイらしい'・・・・。
シニア・ロングステイヤーの小生はバンコクでビジネス街に通勤する必要もないため、BTS沿線に住んでいる訳ではない。アパートまではBTS最寄り駅からタクシーを利用することを常としている。残念ながら今回の延伸区間とは関係がないが、近い将来小生が街中に出るとき利用するシーロム線も既存駅から5 駅程延伸計画が発表されている。しかしながら、小生としてはタイ・タイムで考えるようにしている。'マイペンライ'の精神だ・・!!
渋滞談義で少しだけ追記させて頂くが・・・・小生の場合通勤時間帯に街中に向かう事など殆どないとは云え、当サイト日タイ・ロングステイ・ネットワーク( LJT )のお客様とゴルフにご一緒の時、宿泊ホテルで朝一番の合流をする事がある。通常宿泊ホテルは駐在の日本人が多く住む'BTS プロンポン駅'周辺のため、ちょうど通勤時間帯に小生のアパートを出てタクシーで BTS最寄り駅まで行かなければならない。そんな時、普通のタクシーでは渋滞で所要時間が読めないためバイク・タクシーに跨って行くことにしている。渋滞でトロトロ運転or停まっている車の間をヒョイヒョイとすり抜けて行くのだ。これには普段日本ではシニアバイカーの小生としても後部座席で全身を硬くして思いっきり疲れてしまう。仕方がないとは云え、この点だけは一日も早く'BTS'でも'MRT'でも何でも良いからの渋滞に関係のない公共交通手段の延伸を"強く & 早く"お願いしたい・・・!!
Vol.68
「 バンコクで営む日系企業の景気は・・・・!? 」
2011.10.31
親日であるタイ国には多くの日系企業が進出している事は以前のブログでも伝えたし、過去数日の旅行であれバンコクに来られた方なら自然と眼に入る広告塔や宣伝看板で気付かれた方々も少なくないと思う。
その日本企業の'元気の証'の一つともいえる海外進出日系企業の景気動向が最近どうなっているのだろう??・・・・リタイアメン・トシニアであっても気になるところだ。何故なら、最近やたら韓国や中国のパワーが世界中で炸裂しているように感じていたからだ。特に韓国パワーは以前にも記したが、サムスン & LG & ヒュンダイetc.を代表とするのビジネス産業界だけでなく、ゴルフを初めとするスポーツ界でも、また韓国ドラマやK・POPと云われる歌手(グループ)・・・etc.etc. 日本でテレビを見ていても誰もが'なぁーる程'と肯けるのではないだろうか?? これはバンコクでも全く同じ事。韓流ドラマがどこかのチャンネルで必ずテレビ放映されている。
そのような厳しい環境下にあって、バンコク日本人商工会議所が5―6月に会員企業1320社を対象に景気動向調査( 回答企業373社) を実施し、その数値データが" newsclip.be "のネット記事としてUPされていたので引用させて頂く事にする。
発表されたニュースでは企業の業況感は今年下期に大幅に改善する見通しとの事。
今年上期については、業況が前期から「上向いた」との回答が42 %、「横ばい」が21 %、「悪化した」が38 %だった。「上向いた」から「悪化した」を引いた景気動向指数(DI)は'4'で、2010年下期の'59'から大きく悪化した。
しかし、今年下期は「上向く」69 %、「横ばい」21 %、「悪化する」10 %で、DIは59 となり、2011年度に増収を見込む企業は72 %、税前損益が黒字は90 %。製造業の設備投資予定額は前年度比93.6 %増加する見通しとしている。今後の有望輸出市場の1位はインドで46 %、次いでインドネシア45 %、ベトナム32 %、中国18 %と続く。経営上の問題点は「他社との競争激化」が61 %で1位。次いで「販売単価の低下」と「原材料価格の上昇」が48 %、「マネージャーの人材不足」が46 %、「ワーカー・スタッフの人材不足」が36 %だった。
東日本大震災については「経営に影響がある」が62 %で、輸送用機械で94 %、運輸・通信で78 %に上った。
影響の内容は「調達先が被災し、日本からの原材料、部品などの輸入が困難」が21 %、「調達先の調達先が被災し、原材料、部品などの輸入が困難」が19 %、「日本の納入先が減産し、生産・販売が減少」が13 %だった。
震災への対応については、「今のところ特に対応策をとっていない」が45 %、「他のサプライヤーから原材料、部品などを調達」が25 %、「操業・事業の一時中止または減産などの生産・事業調整」が11 %だった。
震災による操業・事業の稼働率変更については「震災前の水準を維持」が62 %、「震災前より減少」が34 %だった。「震災前より減少」と回答した企業は輸送用機械で70 %、化学、鉄鋼・非鉄で50 %だった。
16年前に神戸で'阪神大震災'で被災した経験を持つ小生から最後に一言述べさせてもらうが、今回の'東日本大震災'で日本国内のビルトラインも大きく崩壊 & 分断された。日本からの調達はこれからもまだまだ厳しさが続くだろう。全てが元の状態に復興するのに数年を要するとすれば、物の流れは大きく変わってしまってうと言う事。大都市'神戸'では家屋だけでなく多くの商業ビルも倒壊した。そして3?5年後には被災跡地に新しいビル群が建ちあがった。ところが入居社(者)は計画どおりに戻ってこなかった。なぜなら企業が生き残る為には業務休止はもっての外、代替地or代替手段で業務継続をしなくてはならないのだ。その'代替地or代替手段'が 3?5年もすれば"本拠地or本来手段"と化してしまうのも止むを得ない事なのだ。
神戸の場合は日本の別の地区 & 日本の同業他社への流出で済んだが、バンコクに進出している日系企業の競争相手(敵)は、日本に追いつけ! & 追い越せ!!と虎視眈々と狙う韓国や中国をはじめとする諸外国パワーなのだ・・・・!!
Vol.67
「 雨季の大災害がバンコクにも発展か・・・・!? 」
前回のブログで「タイの
雨期の傾向が変わってき
て終日雨が降り続いてい
る。そしてチェンマイな
ど地方都市では異常と云
える長雨が続き、家屋な
ど床上浸水しているTV
ニュースもよく目にする。」
という事を記した。最近
では今回の異常気象がも
たらす自然現象を50年来の大災害とも報じている。首都バンコクから日帰りツアーでも人気のアユタヤ県、世界遺産ワット・チャイワタナーラーム寺院遺跡etc.が浸水したり、県内最大規模のロジャナ工業団地も洪水が防水壁を超えて流れ込んだ。団地内には年産能力24万台を誇るホンダの四輪工場をはじめミネビア、ニコンetc.約200社/労働者10万人の工場があるが、当局は団地内の従業員 & 住民に避難を指示した。直接洪水で被災していないトヨタのタイ工場でもサプライヤーの被災で稼働率引き下げetc.自動車 & エレクトロニクスといった日系基幹産業にも甚大な影響を与えてしまう。
チャオプラ川のアユタヤ下流に位置する首都バンコクでは洪水を恐れる住民による食料の買いだめが起き始めている処もある。政府やバンコク都庁の発表ではバンコク中心部の洪水は当面ないとしているが、10月半ばには北部のダムから放水された大量の水がチャオプラヤ川を下りバンコクに到着し、同じ時期に高潮となるため、予断を許さない状況だ。
バンコク都庁では深刻な洪水被害の起きる可能性を考え、危険性の高い13区を下記のとおり発表し、警戒を呼びかけている。(右上の写真は、万一の洪水に備え土嚢を積むバンコク病院)
サトン区―チャン通り、セントルイス病院周辺、 サトゥプラディット通り
パタヤイ区―パホンヨティン通り(サムセン運河 =バンスー運河間)
プラナコン区―スクムビット通り(プラナコン 運河=ソイラサール間)
ワタナ区― スクムビット通りソイ39とソイ49
ワントンルアン区―ラートプラオ通り(ラート プラオ運河=ザ・モール間)
ブンクム区―ナワミン通り(ドンイカ運河=プラ スートマヌキット通り交差点間)
ディンデン区―ラチャダピセーク通り(ロビン ソンデパート前)
チャトチャク区― ラチャダピセーク通り(ラー トプラオ交差点)
ラチャテウィ区―ペッブリ通り(バンタットトン 通り=ラチャテウィ交差点間)
バンケー区―ペットカセム通りソイ63
ヤンナワ区―イエンアカート通り(ナーンリンチ =ソイシーバムペン間)
プラウェート区―シーナカリン通り(ターサート 運河=ターチャーン間)
プラナコーン区―サナームチャイ通り、マハーラート通り
Vol.66
「 南国タイも雨季にも変化が・・・・!? 」
今年3月には東北の太平洋側を中心未曾有の東日本大震災が発生し、暦上初夏と云える6月からすでに各地で 30℃ を超える真夏日が続いた。 7月に入ってからは 35℃ を超える猛暑日があちこちで記録され、9月になっても真夏日が続いた異常な気象。そして、その9月に高知県に上陸した台風12号は人間の歩行速度のようにゆっくりと紀伊半島を襲い、広範囲に豪雨災害を引き起こした。山の斜面を削り取る土砂崩れ。森林を飲み込み本来'河川'と呼ばれる各所に土砂ダムができ、その後も降り続く雨にいつ決壊するかの自然の驚異にさらされた避難住民が日本のTVニュースでも報道されていた。
シニア・ロングステイヤー身分としての小生が云うのもおこがましいが、日本から約 4600 kmほど南下したタイでも最近異常気象が起こっているように思える。
南国タイの季節区分としては、日本の四季'春・夏・秋・冬'とは異なり熱帯モンスーン気候に属し「乾季( 11?2月)」「暑季( 3?5月)」「雨季( 6?10月)」の三つの季節に分けられる。気温は年間の温度差が小さく、首都バンコクが位置する中央タイで云えば「最高気温が33.7℃」「最低気温が24.7℃」「平均気温としては28.5℃」と熱帯に属する割りに、最近の日本の猛暑日(35℃+)のような暑さでではないことに恐らく信じられない方も多いのではないだろうか・・・!?
最も暑い4月で平均気温が30℃と高温だが、湿度が70 % と乾燥したシーズンでもあり、炎天下に長く居ると別だが少し日陰に入るとさほど暑くは感じない。
しかし、6月頃の雨期となれば・・・平均気温は29℃と幾ばくか下がるが、平均湿度が87 % と、蒸し & 蒸し状態の季節と化す。夜中や明け方になると大地を叩くような豪快なスコールが雷と共に定期便のように訪れ、30分から小1時間降った思ったら、日中の太陽があちことに溜まった多量の雨水をいっきに蒸発させ天然サウナの様な蒸し暑さを創り上げる。少々?? 太り気味の小生にとっては不快指数No.1の季節なのだ。
ところが、最近の雨期の傾向が変わってきている!? 今までの 30分から小1時間の集中したスコールではなく、いったん雨が降り出すと日本の梅雨のごとく終日雨が降り続いているのだ。大都市バンコクと云えど決して排水施設環境が良くない。小1時間のスコールでも排水溝が許容量を超え溢れ出すくらいなのに、終日の降雨ともなれば幹線道路であっても 10cm?15cm の冠水となっている処をアチコチで散見する。
今年はチェンマイなど地方都市でも異常と云える長雨が続き、家屋など床上浸水しているTVニュースもよく目にするが、本当に過去のトレンドでは測りえない事が地球上で起こっているように感じる。
このようなことを記せば、これからタイでのロングステイを・・・・と考えておられるシニア連に躊躇されるかも知れないが・・・・不快な雨期が過ぎ、11月に入れば気温も下がり雨も全くと云っていいくらい降らない最高の季節「乾期」を迎える事になる。バンコクでも日中の平均気温は 26?27℃くらいで、空気は乾燥し澄み切っていつもの景色すら美しく見えてしまいます。
この一番いい時期だけタイに数ヶ月ロングステイするのもひとつです。また一年を通してロングステイするのも一つです。逆にタイで最も不快な雨期をロングステイで経験し、それがご自身で許容の範ちゅうであれば・・・・それこそ最も自分に合ったセンンドライフのロングステイ先の発見かも知れませんね・・・・!?
様々な「国」「地域」「時節」「期間」・・・・etc.は自分でプラニングできます。取り返しのないことにチャレンジする必要はありません。いつでも軌道修正できる心のゆとりは、我々団塊世代を生き抜いたシニア連は誰しも財産として持っているのではないでしょうか・・!?
"小生の贅沢"ですが、自身の足跡・・・「自分史」を描いてみたいものですね・・・!?
Vol.65
「 タイ人の気質と考え方の違い・・・・!? 」
日本人の中にであっても
・・・・それぞれの人がいろ
いろな気質を持ち、生ま
れた地方によっては考え
方の違いも千差万別だと
云う事を誰しも頭では解
っていると思う。それが
異国の人となると違って
いて当たり前であって、
同じである訳が無い。
このことに関しては必ずご理解頂けるものと信じる。
ところが、ロングステイし始めるといろいろなシーンで「タイ人はおかしい・・!!」とか「絶対あのタイ人は間違っている・・!!」とか云う事が多くなる。それは誰しも感じるジレンマだろう。以前 Vol.33で「マイペンライを心のそこから言えるようになろう・・・・!!」でも記した内容にも通じる事だが・・・・よく接するタイ人と馴染んでいくに従って、これだけコミュニケーションをとっているのだから、日本人であっても自分の事に関してはそこそこ理解してくれているだろう・・・・という思い込みが錯覚を生じさせ誤解を招いてしまう。わずか数年のカタコト・コミュニケーションで通じる訳が無いのだが・・・・??
ここでは気質の原点で考えると・・・・日本とタイは仏教を信仰し & 農耕で生計を立ててきた民族としての共通点は多々あるが、国民性では幾分違ってくる。日本人は血縁と云われる"家族"思想があり「集団の中で拘束される個人が団結を生む・・!!」と云う傾向があるのに対し、タイ人は諸外国に対するタイ国民としての団結はあっても、タイ国内における地域社会での団結を見せることは極めて少なく、個人主義的なところが多く他人からの支配を嫌う傾向にあると云われている。
その他、タイ人は細かいことに拘らない反面、おおざっぱで責任感に希薄と写るケースに直面することがあるが、根本的に困難なことや忍耐が必要なことに関して強いられる事を嫌い、我慢強さに欠ける。この点が日本人と異なるため、時としてジレンマに陥る日本人が多いと聞く。
以前にも記した「タイ人は時間にルーズ」と云う事でも、タイ人からすれば日本人が1分1秒の時間に細かくうるさいだけで却って不思議に写るらしい。そう云えば街を走るBTS(高架鉄道)やMRT(地下鉄)、路線バスにも時刻表というものが無く、多くのタイ人が時間を守らない事に寛容なのが原因ではないかと考えられている。ビジネスの世界でもタイに日系企業が7000社もありながら日本人マネージャーの一番の悩みは「指示した事しかやってもらえない」ことらしい。
そんな永きにわたる歴史の中で育ってきた国民性に対し、チョイかじりのシニア・ロングステイヤーが意見を述べる資格は無いのだが、「マイペンライを心の底から言えるようになろう・・・・!!」を信じ、のーんびりライフをこれからも楽しんで行きたいものだ。
Vol.64
「 焼肉店と云っても、いろいろあるようで・・・・!? 」
2011.9.14
思い浮かべると、パク
チーetc.香辛料の利い
た一癖二癖ある料理を
想像する方も多いかも
知れないが、バンコク
にロングステイをして
いると非常に有難い
ことに '海老 & カニ'
を代表とする新鮮な海の幸を素材とする'シーフード料理'をはじめ、インターナショナルな料理を身近で食することができる。
現在タイ人の間でもブームとなっている「日本料理」、日本ではなかなか手の届かない'姿 & 形'の判るフカヒレスープ etc.「中華料理」でも日本で食べるより相当安価に食することができるのだ。今回は、さほどグルメでもない小生が語るには忍びないが・・・・バンコク滞在中に焼肉を食べに行き、美味くなかったお店で体験した事を記させて頂く事にする。たまには私的感情で否定的なプログも良いのでは!?・・・・と思いつつ・・・・。
その前に現役リタイアし、神戸とバンコクを一ヶ月単位で行き来するセカンドライフをはじめて3年目の小生は、今住んでいるマンションに親しく互いに挨拶し合う住人も多くなった。そんな中で特に親しくしているグループがある。小生以外はタイ人といった総勢7名のグループだ。タイ人と云っても住んでいるマンションは日本で云うところの'ライオンズマンション'のような分譲型のマンションで'ルンピニ・コンドミアム'と称し、一応バンコクでは分譲戸数も群を抜いている。入居者向けのプールやフィトネス設備も備わっており、入居しているタイ人はどちらかといえばお金持ち層に属する人達である。唯一貧乏シニア・ロングステイヤーの小生を含め、7人のメンバーはひと月ほど前から、毎週食事会をするようになった。
食事処は各位が「ここはお奨め・・!!」というお店に案内する事になっている。しかも必ず割り勘と云うルールで・・・。先週のお食事処は「 BTS アリ駅 」近くの焼き肉'大ちゃん'というお店だった。名前からすると日本風の焼肉店と思われるかも知れないが、店名だけが日本風で純然たるタイ人経営の焼肉店だった。
もちろん日本語は全く通じず、形態は韓国焼肉のように炭火での網焼きなのだが、肝心の肉はシャブシャブ肉のように薄くスライスされ、焼くとパリパリになりお世辞にも美味しい部類には入らない。唯一合格点が付けられるとすれば、15 cm 位の生エビくらいと記憶する。この程度で食べ放題 @ 400 B とは少し許しがたい気がする。但し、日本風の店名なので本当の日本風高級焼肉店と錯覚しているタイ人が多いのではなかろうか・・?? 極めつけは、'カルビ・クッバ'が食べたくて注文した時の事・・・・。焼肉店なら常識の'カルビ・クッバ'なのだが、説明しても理解してもらえなかった。カルビを煮込んだ汁(スープ)ダクご飯を説明したのだが、手元に届いたのは「白いご飯」「味噌汁」「カルビのスライス生肉」の3点だったのだ。一緒に行ったグループメンバーも小生が注文した3点の食材をどうして食べるのか興味津々に見ていたので、引くに引けず熱いご飯の上に焼いたカルビを載せ、その上から味噌汁をタップリかけて混ぜ合わせた。もちろん見掛けだけでなく味も最悪だった事は云うまでもない。タイ風焼肉店ではメニューに無い'カルビ・クッバ'を絶対注文してはならない事をこの時初めて悟ったのだった。
'カルビ・クッバ'に拘ってしまったが、もし本当の'カルビ・クッバ'を食したい方はスクムビット・ソイ 12 にある'スクムビットプラザ'の韓国焼肉店にぜひ行ってみて下さい。焼肉そのものも美味しいが、'厚切りカルビ肉入りのクッバ'の味は絶妙なので是非ご賞味あれ・・・・!!
ちなみに今週は小生がお奨めの'しゃぶしゃぶレストラン「神戸」' にご案内した。食べ放題で @ 230 B ( 600 円 )といったリーズナブルさ。しかも肉や野菜がすべて小分けされたプラスチックのパック入れられておりタイでは見掛けないくらい衛生的であるのもタイ人のメンバーたちに高評価を得た。小生としては、自宅の「神戸」が店名である事を一番気に入っている。一度オーナーにお会いし店名の由来を聞いてみたいとも思っている。
(※ しゃぶしゃぶレストラン「神戸」・・・・ http://rocketnews24.com/?p=76049 )
Vol.63
「 バンコクの観光スポット・・・・!! 」
2011.9.2
行ったり着たりのリタイアメン
ト・シニア・ロングステイヤー身分
の小生だが、今回のブログでは
これからロングステイを検討され
ているシニアの方々に「観光」と
いうキーワードでのバンコクを少しばかり紹介してみたい。
ロングステイをしていると日本で生活されている知人が時々ご夫婦や仲良しグループでタイ旅行に来られることも今後考えられる。パック旅行で何もかもセッティングされた旅行は、何の計画も立てなくて済み楽な事かも知れないが、時間にさほど縛られないシニアにとっては一日中バスで移動させられるあわただしい旅程より、ちょっと贅沢でリッチな気分が味わえる「のーんびり悠々旅程」の方が最近では好まれるらしい。
特に海外ともなると、知人がロングステイしている事が分かれば「言葉や食生活etc.生活環境の全く異なる異国で一体どのような生活をしているのだろう・・・・?? 」と興味津々となり訪ねてみたくもなるらしい。できるものならご自分も・・・・と重複させているのかも知れませんね・・・・!?
「観光」となると小生は体験箇所も人並み以下かも知れないので、観光案内書やインターネットから知りえた情報もここでは引用させてもらう事にするが・・・・タイでは全ての道は、バンコクに通じると云われる。そのバンコクは政治・文化・宗教・学問etc.の中枢であり「王室の本拠地」でもある。街には壮麗な寺院と近代的な高層ビルが混在し底知れない神秘が漂っているとも云われ、王宮と数々の仏教寺院は「いにしえの鼓動」を訴え、代表とされる「ワット・プラケオ」や「ワット・ポー」「ワット・アルン」には誰しも感動させられる。
またタイの生活文化に触れるという面では公設プラトゥナーム市場や週末だけ開かれるチャトゥチャック市場に行けば、観光客ではない地元の方々が買い物される普段の光景を身近で体験でき、片やサイアムスクエアーやラチャダムリ通りでは若者向けから超高級ブランドまで世界の品々を取り揃えた大きなショッピングゾーンが広がっている。
その他、タイ舞踊を身近で見ながらのディナーショーや本当の女性より女っぽいオカマショー、ムエタイと呼ばれるタイ式キックボクシングetc.老若男女を問わず楽しめるスポットが街中のホテルからタクシーなら 10分位で行けるところに点在しているのもバンコクならではないだろうか・・・・!?
少し足を延ばせば、プーケットを代表するリゾート地も各所に点在し、ロングステイの前哨戦としての小旅行も一考の価値は絶対あると云えますよ。
Vol.62
「 シニア・バイカーに耳よりなお話・・・・!? 」
2011.8.25
このLJT(日タイ・ロングステイ・ネットワーク)サイトをご覧になっている団塊世代シニアの中には、オートバイ・ツーリングを密かな趣味とされている方もおられるのではないだろうか・・・・!? 実は何を隠そう・・小生は100 Kg を超えるメタボ・サンプル人間であるにも関わらずシニア・バイカーなのだ!!
10代の若かりし頃二輪免許を取得し、当時'ホンダCB77'と呼ばれた排気量305 CC のバイクに乗っていた。決して仲間とつるんで走る暴走族 (小生の若かりし頃の表現では'カミナリ族') の類では無く、バイクの振動を直接体に感じながらツーリングするのが好きだった。しかし社会人になってからは「二輪」が「四輪」に変わりバイク・ツーリングから遠ざかっていた。ところが子供達も成長し親離れすると休日一緒に出掛ける事も無くなり、青春時代を思い出したかの様に55歳の時、35年ぶりの邂逅では無いがアメリカンタイプの中古バイクを購入した。
リタイアメント・シニア身分の小生としては自分の時間だけはタップリ。お天気さえ良ければ早朝から愛車に跨り、行く宛てが無くてもローカルに向かってツーリングする。幹線道路を避け、殆ど自動車の往来も無いような山越えの道でゆっくり風を浴びながら走ると'気障な云い方'に聞こえるかも知れないが・・・・鳥の声&小川のせせらぎが心身を癒してくれるのだ。小休止をとるため'道の駅'etc.に立ち寄れば多くのバイカーとの出会いがあるが、ヘルメットを取れば小生と同世代のシニアだったりするのが最近の傾向である。
バイクは東南アジア諸国において通勤をはじめ日常街中の移動手段の大きなウェートとなっている。小型バイクが殆どだが日本と違って二人乗り・・中には三人乗りしている姿には驚かされる。ここ10年ほど前から日本ブランドのバイクもタイで生産し、小型バイクに関してはビルトインタイランド・バイクが日本に逆輸入されていることも周知の事実。
ところで、最近タイの新聞に「日本人ライダー、タイ東北でツーリング・・ホンダが支援」という記事に興味をもった為、シニア・バイカーとしてその内容を記させて頂く・・・・
日本人によるタイ東北部バイクツーリング「ロケットスタートライド・2011」が 5/12?5/16 開催された。タイ専門ブログのキャブローグが主催・運営し、タイの二輪子会社のA・Pホンダが全面協力、タイ政府観光庁(TAT)が後援となっている。バンコクを起点にタイ東北部をツーリング & ナコンラチャシマ県(コラート)で遺跡を見学 & ヤソートン県でロケット祭りのパレードに参加 & スリン県のゾウ教育センターでの植樹etc.実施 & ゴールはチョンブリ県パタヤという行程となった。参加者はタイ在住の日本人が中心で、日本からはユニットの'平安桜'の他、二名が参加したようだ。
A・Pホンダは中型の'CBR250R'の貸し出し & ジャケット提供 & ツーリング前の安全運転講習etc.実施。同社の全面協力によるバイクツーリングは初めての試みであるが、タイ政府観光庁(TAT)としては今回の成功を機として、東北部で日本人向けの観光促進に今後積極的に取り組んで行きたいと報道されている。
今回は少々ニッチな情報であるが・・・・シニア・バイカーとしては、タイ郊外でのツーリングに一度チャレンジをされては如何だろうか・・!? 小回りの効くバイクで路地散策すれば、旅行会社のガイドには載っていないような穴場の'グルメスポットやショップ'に辿り着く事も可能なのだ。小生も「チェンマイ」 & 「パタヤ」 & 「ホアヒン」 etc.を訪れた時は地元で小型バイクをレンタル(200 B/日・・・約500 円強)する。もちろん国際免許証は必須であり、安全運転遵守は云うまでもない。
但し、普段日本でもバイクに
乗り慣れていない方は絶対に
止めて頂きたい。また乗り慣
れた方でも首都バンコクでの
レンタルバイクは絶対に禁止
だ。世界一大渋滞都市としての
異名を持ち、大渋滞の中をプロのバイカーが操る'モーターサイ'と呼ばれるバイクタクシーがギリギリの隙間をすり抜けていく。「死にたいとかケガをしたい人」を除いてアマチュアドライバーの入り込む隙間は全く無いと思って頂きたい。
Vol.61
「 近頃のシニアご夫婦は、お元気なり・・・・!? 」
2011.8.17
選んだ会社が全国に営業拠点の
ある会社だったため、若い頃は
3 ― 5年毎に転勤が付きもの
だった。
入社して3年後、札幌への転勤
辞令が出る迄ずっと両親の住む
神戸市須磨区の実家から通勤ていた。
今年は'東日本大震災'という未曾有の大災害が発生したが、16 年前の 1995年1月15日 実家は'阪神大震災'に遭遇し、周辺はものの見事に木材ガレキと化してしまった。転勤族身分の小生は、子供の頃の写真や小・中・高校の思い出深い卒業アルバムだけでなく、何冊もあった写真アルバムも実家に預けていたせいですべて失ってしまった。もちろん同級生たちの連絡名簿etc.もその中には含まれていた。卒業した学校の同窓会案内も実家がガレキと化しすと同時に小生の手元に届く事はなかった。
ところが数年前、同級生とずっと疎遠となっていた小生のもとに高校時代の恩師が亡くなったため弔いクラス会を開催するとの知らせが知人経由で届いた。転勤を伴う営業部門から拠点を大阪勤務のスタッフ部門に落ち着いていた小生は、初めて40 年ぶりのクラス会に出席する事にした。場所は同じクラスの仲間が営む中華料理店で15名ほどが集り、いろいろ古い記憶と共に10代の思い出話しに酔いしれたものだ。その後、毎年定例会のように古きよき友人たちが世話役のお陰で集るようになった。
そんな仲間たちの中でゴルフ好きの者も数名おり、クラス会とは別にゴルフもご一緒する機会が生まれた。そんなゴルフ仲間の一人がSさんと云うシニアレディで、普段から愛する旦那さまと共通の趣味であるゴルフやテニスをされているとお聞きした・・。セカンドライフをタイにどっぷり片足を突っ込んでいる小生としては、Sさんにタイでのゴルフ事情etc.お話ししたのだが・・・・そこは子供達も手を離れ、お二人で悠々自適に過ごされている仲良しご夫婦の事、お二人で初めてタイ旅行に行ってみようか・・・・と云う事になった。Sさんご夫婦とは、神戸で訪タイ前に事前の打ち合わせのため 2度ほどお会いしたのだが、ご主人は小生と一つ違いの優しそうな方。お二人でヨーロッパ諸国はほぼ制覇したという大の旅行通。
そんな仲良しご夫婦が初のタイ旅行にやってこられたのは、つい先日 7/24だった。一週間の旅程だが、実際の異動日時を除くとバンコク・ステイは7/25?7/29 の正味5日間といった具合だが、その間に「バンコク市内寺院めぐり」や「アユタヤ遺跡めぐり」他にも「水上マーケット見学」etc. 3 日間のオプショナルツアーに参加し、残り2 日間はゴルフをするというシニアにしては超ハードと思えるスケジュールをパーフェクトにクリアしたのだった。もちろん空いた時間には、タイのニューハーフショー見学や、タイマッサージ、高級SPAも体験された。小生は2日間のゴルフをご一緒し、数度の夕食をご馳走になったのだが・・・・その日その日の体験を楽しそうに話しながら、初めてのタイ料理を美味い! & 美味い!! と云って口に頬張る姿に見ているほうも楽しくなったものだ。無事日本に戻られてから早速旅の思い出の写真をメール添付で送っていただき、文面にも楽しかった事ばかりで、お疲れの様子など微塵も無いように記されていた。
Vol.60
「 最近の異常気象は日本だけではない・・・・!? 」
2011.7.27
定年退職で現役を引退してから
我が儘シニアの小生は、家族の
いる「神戸」と4,620 km離れた
異国の地「バンコク」をほぼ
一ヶ月毎に行ったり来たりの
セカンドライフをさせてもらっている。
日本では今年3月、東北の太平洋側を中心に未曾有の東日本大震災が発生し、それを起因とする津波での福島原発の大惨事。その結果、今まで'安心 & 安全'と推進されてきた'原子力発電'に疑問符が付き、今後の電力供給に関しても被災地だけでなく全国規模で赤信号が灯り始めている事は周知の事実だ。しかしながら今年は6月からすでに各地で 30℃ を超える真夏日が続き、7月に入ってからは 35℃ を超える猛暑日があちこちで記録されている。小生の自宅も瀬戸内海に面している神戸という比較的過ごしやすい地でありながら7 月に入ってから昼間はついついエアコンが無くては過ごせなくなっていた。節電と云う事で設定温度は28℃ にしていたが・・・・??
そのような異常気象の日本を離れ、7月下旬バンコク入りした。今回は7月下旬に一組、8月初旬から中旬にかけて別の一組が訪タイして来られるため、在タイ中のプログラムを小生がアドバイスさせて頂いたこともあり、現地でお迎えする事となったのである。
バンコク入りし、空港で初めて外気に接して感じた事・・「涼しい・・!!」という事。何と日本から何千キロも赤道に近づいた南国'タイ'でありながら、日本より涼しいのである。
本来なら7月といえば雨期 (6月?10月)の真っ只中で、日本の梅雨以上に湿度が高く蒸し & ムシした季節のはずなのに、カラッとして誠に爽やかなのだ。こちらに入って3日目になるが、南国雨期の代名詞'スコールと呼ばれる雷雨'に出逢ったのは一日だけ。それも夕方6時くらいに10分足らずのミニスコールだった。ちなみに今日の気温はお昼の正午現在で気温27℃ & 湿度55パーセントといった具合だ。小生にとっては真夏の猛暑地'神戸'から避暑地'軽井沢'に来たようなものだ。本当に信じられない異常気象と云えるのではないだろうか・・・・!? この穏やかな気候がこの先ずっと続くとは思わないが、今回の小生の在タイ期間中 (7/22?8/20) に来られる二組のパーティーが清々しい青空の下でゴルフを楽しまれ、大満足で日本に戻られる事を祈るばかり・・・・!! そうすれば、今回の訪タイ者たちは、おそらくタイでのロングステイ希望予備軍として、きっとノミネートされる事間違い無いのだが・・・・!?。
Vol.59
2011.7.15
家は「買った方がいい ?」「借り続ける方がいい ?」・・・・この定番テーマについて、60代以上のリタイア世代にアンケートしたものだ。これとは別のアンケート調査によると、60代以上の世代では約90%が持ち家で暮らし、そのうち90%以上が「持ち家でよかった」と満足しているらしい。ちなみに賃貸住宅で暮らす60歳以上の人に聞くと「借家でよかった」と答えたのは約60%と"持ち家組"と比べると満足度は落ちるみたいだ。
60歳以上の"持ち家組"で4人に1人が、購入理由を「内装や設計が自由」と回答。また親の持ち家に同居する事になったA氏によれば、親の介護を考え実家をバリアフリーに改築できたのは持ち家だったからとの事。
一方「急いで家を買わなくても・・・・」と云うのは 40代後半で家を購入したB氏。当時の選択基準は'職場に通勤しやすい場所'だった。しかし、リタイア後は通勤の必要がなくなり「長年勤めてきた仕事から解放され、好きな土地に住めるのがリタイア後のいいところなのに、もう住み替えのエネルギーは無い。」との事。
また、現役時代はずっと社宅で暮らし定年退職前にマンションを購入したC氏によれば、ローン以外にも管理費 & 修繕積立金 & 駐車場etc.の固定費が発生し今後も不安がずっと続く。ローンで家を買うなら若いうちにすべきだった・・・・とコメントしている。
その他、現在老人ホーム(ケアハウス)で暮らすD氏。20代後半で千葉にマンションを購入したが、関西への転勤を機にマンションから庭付きの家に買い替え。今は気楽で医療面でも安心な老人ホーム(ケアハウス)。「理想的な住まいの変遷だった」とご本人も納得。「マイホームの正解は、やはり人それぞれ・・・・!! 」と記事では締めくくられている
Vol.58
「 ダイエットは無理なのかも・・・・!? 」
2011.7.6半分タイで・・・、もう半分は家族のいる
神戸で・・・という生活を続けている我儘な
シニア・ロングステイヤーの小生は、過去
のブログでも何度か記したように自他とも
認める肥満である
サラリーマン現役57才の時に出張先で
心筋梗塞を起こし、2度のカテーテル
手術を受けて以来、掛かり付けの
お医者様からも痩せるように・・・との忠告を再三再四頂く。
40代前半から徐々に成長を続けてきた腹回りも、ここ数年進化こそ無いが100cmを超える数値をずっと維持し続けている。誰しも太りたくて太った訳ではない。かと云って痩せる努力をしているかと云えば・・・・" NO !! "と自信を持って云える。
普通、「半分の生活を異国の地でしかも単身赴任生活をしていれば痩せるのでは!? ・・と考えるかもしれないが、そこは「タイの住み易さ」とでも云うか、時間に追いかけられる事も無く適度なボランティア活動(日本語教室のサポートや日タイ・ロングステイ・ネットワークのお手伝い )や日本からグループで来られるゴルフ仲間達とのお付き合い・・etc.それなりに充実したバンコクライフに嵌っている。さらに「何時でも&何処でも」しかも「リーズナブル」に頂けるタイの食生活に馴染んでしまうと、太っているというハンデキャップ等々そっちのけで満喫してしまうものである。順応性があると云う事は反面恐ろしい事なのかも知れません。 (笑々)
先日、タイ在住の知人との二人だけの気楽なゴルフをした時の事だが、さほど暑くもなかったので「今日は健康のため ! ダイエットのため !! 久々(5年ぶり) に乗用カートをやめ、歩行プレーでもしてみるか・・・・?? 」と決意し1番ホールをスタートした。ところが・・・・2番ホールを終わったところで情けないことにキャディーさんに乗用カートの用意をお願いしている自分がそこに居た。5年もやり慣れていない事にいきなりチャレンジするのが無謀だった。人間一度楽を憶えると中々元には戻らないものだ !! ・・・・と痛感した次第。
Vol.57
2011.6.27
今回は小生がバンコク滞在中の土 & 日曜にサポートをしている日本語教室での出来事について記させて頂く。以前にもブログで記したことがあるが、日本語教室といっても他の日本語学校と少々違っているため小生としてはサポートしている次第だ。
教師は、農業実習の留学生として宮城県の農家にホームステイをしていた経験を持つ'SOMYA'という名のタイ人ただひとり。日本語検定 1 級を独力で取得し、タイに戻ってからも農業に従事するのではなく、独自で小さな日本語教室' IWASAWA Japanese Lunguage'を開設したのだ。まさに日本に嵌ってしまったタイ人の典型とも云える。
生徒はといえば・・・・学生というよりタイに進出している日系企業に勤めるマネージャー層のタイ人やこれから日系企業に転職したいと希望するサラリーマンなのだ。彼らは、日系企業に勤めるに当り、研修etc.で日本に来た経験を持ち、日本語のヒヤリングだけでなく会話もそこそこできる。東北で日本語を学んだ'SOMYA教師'よりはるかに上手く標準語を操れる生徒も中には居る。そんな日本語教室で小生が求められるのは・・・・勤務先のボスが日本人であり、そのボスが求めてくる言動の'意味 & 意義'が何なのかを学びたいと云う。確かに国が違えば、考え方も行動パターンも優先順位も自ずと異なる事が多い。ボスもマネージャーも一般職も相互理解するにはそれぞれがお互いが学んできた'文化 & 習慣'を理解し合って初めてベクトルが合ってくるものなのだ。これは日本においても同じ事ではないだろうか・・・!?
崇拝する日本人ボスの言動に対し「何故ボスはそういう考え方をするのか・・・・??」という事を一番知りたがっているのだ。これに答えるには、日本人を知り & タイ人を知った者にしか説得できない事が多い。それぞれの文化を理解した上での説明が要求される。小生がその能力を有している訳ではないが、SOMYA教師より日本人の考え方は熟知しているし、タイ語が話せない小生に代わってSOMYA教師がタイ人生徒に通訳してくれる。まさに二人三脚で答えていくスタイルだ。
ところで、先日授業のテーマで、Vol.55 「 タイでも政権の行方が・・・・」のブログで記したことだが、来月 7 月 3 日の総選挙に向けて、タクシン元首相派の'野党プアタイ党'を推すのか?? 又'現与党の民主党'を押すのか??・・・・と云った質問をその理由を含めて生徒に投げかけてみた。思った以上に意見はいろいろ出てきた。もちろん小生の立場としてどちらに組する意見も述べることはしない。ただ真剣に考えるべきだ・・・・とは伝えた。若い人達 & これから社会を支えていく人達が政治に興味を持ち、自分達が選んだ政権をずっと見守りチェックしていくべきと伝えたのだ。
そんな中、「最近、日本では若い人達が元気を無くしている・・!?」とか「韓国があらゆる面で元気をつけてきている・・!?」とか例話を出した。'サムスン、LG、ヒュンダイ(現代)'を初めとする韓国企業の国際舞台での躍進。ゴルフを初めとするスポーツ界での活躍。韓流ドラマやK-POPと呼ばれる芸能世界でもTV番組で必ず放送されている・・・・etc.韓国パワーの凄さを紹介した。
ところが、SOMYA教師をはじめ生徒の誰しもが・・・・「全て韓国は日本製のコピーで、日本がNo.1だ・・!! 」と云ってくれる。小生が「最初はコピーでも、すぐに本物と化し、胡坐をかいている間に、No.1の座を明け渡し、No.2 → No.3 →・・・と、あっという間に転落していくものだ・・・!! だからこそこれからの若い人達が歴史と伝統を受け継ぎ真剣に悩み、自ら道を開いていくしかないのだ・・・!!」と伝えると・・・・「何故、KENさんは日本のことを悪く言うのだ・・・?? 日本人を信頼していないのか・・!? 」etc.反論にあってしまった。
Vol.56
「 タイ愛好家の新たなネットワークが・・・・!? 」
当サイト「LJT・・・山下代表」
企画イベントで5月29日 (日)
「タイ下見の旅」、翌 5月30日
(月)「タイゴルフの旅」の
お客様が各 4 泊5日の日程で
バンコク入りされた。
今回ブログに記させて頂くことは・・・・6月1日(水)の夜 19:00サイアムの「バーン・クン・メー」というお店で「 LJT会員」が集い、夕食をとりながら約 2 時間の歓談の場が設定されたのだ。
もちろんLJT山下代表の仕掛けによるものだが、現地サポートもつとめる小生にとっても初めての体験だった。山下氏をはじめ総勢 9 名の方々の集まりとなったが、小生も顔見知り方は数名で、まして会員様どおしは全くの初対面の方々ばかりだったのだ。タイという' Key-Word 'が共通なだけで、年齢 & 性別 & ロングステイ経験 & 価値観 etc.全く異なった方々が集ったのだった。
まずは山下代表が座長として各位の自己紹介から始まった。たまたま山下氏の隣に座っておられる方からスタート・・・・
お一人目は片岡さんという女性。名刺には'クッキングコーディネーター'とあるが、横浜で' C.K.Cooking Studio 'を開設され、料理研究家としてだけでなくタイの大学でも年に数度日本料理を教える教壇に立たれると聞く。まさにタイと日本の家庭料理を追及するスーパーレディを実践されている。
その次は、タイでロングステイ経験 2 年目の野辺さんご夫妻。ご夫婦ともタイ在住シニア・ロングステイヤーでありながら全くタイ語が話せず、それでもタイを満喫されている。お住まいは日本企業オフィスがひしめく' BTS チョンノンシー駅 '近くのサービスアパートメント。日本人入居者も多く従業員も日本語が通じるため言葉の不便を感じないとの事。ネットで美味しいお店を見つけてはグルメ散策をされている仲良しシニア夫婦であるが、ご主人によれば・・・日本語しか話せないくせに何処でても'値切る'愛妻に逞しさを感じる・・・・と云う。
次は、タイ人を妻に持つ久留島さん。日本の会社を定年退職し奥様の祖国'タイ'で過ごすことにしたと言う愛妻家である。タイに住居拠点を移してから 3 年目となるが、殆どと云って良いくらいタイ語を話せない。本人は話せると思っているらしいが、一般タイ人に通じないため'話せない'と世間では評価するレベルと思われる。しかし、タイ人でありながら奥様は日本語が流暢なので久留氏本人は何ら不便も感じていないのだろう。ただ、奥様が居ないと行動範囲が狭まってしまうのが悩みの種と聞く。
その隣は小生が座っていたのだが、小生はさて置き・・・・次の参加者は、今回初めてタイに来られたという安田さん。今回の晩餐会参加者中、最もお若い 50 歳という年齢で、関西の和歌山県で経営コンサルタントを営まれているバリバリの現役なのだ。バンコクステイ4 日間という短い期間だったが、病院 & スーパーマーケット & フードコート & 屋台 & カラオケクラブ・・・・etc.多方面を貪欲に見学 & 体験され、更に驚くべくは、ソンタムを初めとする辛いタイ食材をどれもこれも美味しい !! と云って食べていた姿に、先祖にタイ人の血入っているのでは・・・・と思わせるくらいだった。
続いては、今回の最年長者の湯川さん。72 歳という年齢らしいが、外見からはもっともっとお若く見える。山下代表の談だが・・・・一緒に歩いていると早足なので付いていけないとの事。奥様には元気なうちは・・・と云ってアジアの諸国を渡り歩いているシニアらしい。ゴルフもお好きだとお聞きし、ちょうど翌日ゴルフをする予定だった小生としては、ご一緒しませんか・・・・?? と云ったところ、山下代表から「湯川さんのゴルフは一日に 2 ラウドするのが常・・!! 」との事だったので、思わず身を引いてしまった。それにしても恐るべし 72 歳が居たものだ。
最後は「LJT」イベントで過去もご一緒させて頂いた鈴木さん。今回で 3 度目の再会だったが、相変わらずのお元気シニアだった。以前のブログでも記させて頂いたが、66 歳にして今だ現役のスキーヤーなのだ。指導員の免許を有し、先の東日本大震災の時も北信州 '野沢温泉スキー場'で春スキーをされていたと聞く。奥様もスキーを嗜み、娘さんご夫婦もスキーロッジをやられているという・・・・まさにスキーファミリーらしい。スキーだけでなく、スキューバーダイビング、ゴルフ・・・・etc.「 山 & 海 & 丘 」・・・・と云ったあらゆるシーンのスポーツをこなされ、まさにスポーツシニアの代表みたいな方だ。
このブログの中で、いつもお元気シニアの方の事を記させて頂いているが、大げさでも何でもなく本当に出逢うシニア連はお元気なのだ。日本で'盆栽'を趣味にされているシニアの方々も多いだろう・・!? 長年連れ添った伴侶と温泉巡りを趣とされる方々もいるだろう・・!? セカンドライフの過ごし方は'人それぞれ'いろいろなパターンがあって然るべきなのだ。だからこそ、各位の身の丈セカンドライフは楽しいものなのだと思う。今月の12日をもって 62 歳を迎える小生は、セカンドライフ 3 年目に突入する。これからもお会いする人々から元気のエキスを頂戴しながら、新たな'自分史'を描ければ・・・・と思っている。
今回スワナプーム空港でタイ入国手続きを済ませパスポートに押印 & 加筆されたものをチェックすると、在タイ猶予期間が 30 日となっていた。
Vol.55
「 タイでも政権の行方が・・・・!? 」
現役をリタイアメントしたシニアが偉そうに政治の事に口出しするなとお叱りを請うかもしれないが、余生をゆったり味わう為にも「安心 & 安全」を願うものである。
ところが、ロングステイ先のタイでも政権交代の可能性を秘める下院の解散が この 5 月 9 日にプミポン国王の承認を得たとのニュース発表された。現下院の任期満了は今年末のはずだが、現政権のアビシット首相 (民主党党首) は、政治 & 経済状況を考慮し現時点での解散総選挙に踏み切ったらしい。総選挙は、7 月 3 日に行われることも決定した。
タイ政権といえば 10年前 2001 年に地方 & 貧困層が支持する第一次タクシン政権が発足したが、過去の政権を支えてきた特権階級層との権力闘争に破れ 2006 年の軍事クーデターでタクシン元首相が追放されたという経緯はシニアの方々ならご記憶の事だろう。異国の'政治 & 経済'etc.に疎い小生でも鮮明に記憶している。そのクーデター政権下での総選挙( 2007 年末) ではタクシン派政党が第一党に返り咲いたが、またもや反タクシン派が首相府や空港を占拠しタクシン派与党を解党させてしまった。その混乱の中、民主党とタクシン派の一部が連立し現在のアビシット政権を誕生させた経緯を持ち現在に至っている。
その 7 月 3 日の総選挙であるが、タクシン元首相派の'野党プアタイ党'は党首にタクシン氏の妹を打ち立て、'与党民主党'と真っ向からの政権取得戦いとなっているが、最近の某タイ大手新聞と某大学が共同で行った下院選情勢調査では、バンコク小選挙区においてタクシン派野党が優位にたっていると報道されている。
以前からこのブログで記させて頂いているように、小生はどちらに加担するといった訳でもない。ただ大好きなタイ国をリタイアメント・セカンドライフ先と選び、これ迄と同様「安心 & 安全 & 快適 」な処として他人にも今までどおり自信を持ってお奨めしたいのだ。くれぐれも政権奪取に血眼になっている利権争いの犠牲者に巻き込まないで欲しい。大半の一般のタイ人たちは「微笑み返し」を必ずしてくれる優しい国民性を誰しも有している・・・と云うことを是非ご理解頂きたい。
Vol.54
「 タイ人は激辛ものがお好き ・・・・!? 」
2011.5.23
一般的にスリムな人たち
が多い。通りのあちこち
に屋台と呼ばれるお店が
あり我々日本人から見れ
ば「あれだけ何かしら四六時中ムシャムシャ食べられるものだ・・・・!!」と思うのに、一部の屋台のオバサンっぽい女性を除いて小生と同じようにに太った人はあまり見る事がない。或るタイ通の方が云われるには、タイ人は辛い(日本人からすれば激辛とも云える)物を普段から食べているため脂肪分を燃焼させてしまうのだそうだ。確かにラーメンにしてもテーブルに置いてある七味唐辛子のような赤いふりかけやラー油のようなものを思いっきり入れ、汁が真っ赤になったものを平気で食べている。
小生の辛いもの失敗談として或るとき食材に入っている'青唐辛子'を食べてしまった事がある。すぐには感じないが数十秒ほどして口の中が痺れあがり水を飲もうが何をしても治まらない。その後20―30分の間 食べたものの味が全くしなかった事は今でも鮮明に小生の'舌'が憶えている。それ以降小生にとって'青唐辛子'はご法度となっている。そんな激辛ものでもタイの人たちは好んで食べている。タイでは「マイペイト、マイアロイ !!」( 辛くない物は、美味しくない !! )と云う諺まであるのだそうだ。
ある時タイ人と食事をする事となり、本当の日本料理のお店で食べたことが無い・・・と云うので、バンコクに住む日本人が出入りするお店に連れて行った事がある。そこで'お刺身'を頼み、当たり前の事としてワサビ醤油で食させたところ・・・・思わずタイ人が'辛い'と云って眼に涙を浮かべた事があった。小生としては思わず「してヤッタリィー!! 」の満足感。いつも辛い物を食べられない子供のように扱われていたシニア・ロングステイヤーにとっては快感だった。同じ辛さでも、'唐辛子'と'ワサビ'の辛さは違うようである。
但し、同じタイ人でも'ワサビ'の辛さを大好きと云う者たちも居るので、やはり辛さに対しては「恐るべしタイ人・・・・!! 」と云うのが当っていると認めざるを得ない。
Vol.53
「 タイ女性のパワーについて・・・・!? 」
2011.5.12
" newsclip.
be "の記事にタイ人
女性が世界で'No.1'
と見出しが目に止まった
のでその内容を記させて
頂く。
米国大手会計事務所「グラント・トンソン」が昨年第4四半期から今年第1四半期の間に世界39カ国・地域で行った調査で、非公開企業の上級管理職に占める女性の割合が最も高かったのは「タイ」で'45%'という結果が出たそうだ。良いか悪いかは別にして、更に注目すべきは今回'8%'という最下位が、何と・・・・「日本」との事。
ちなみに、その他では・・・・「ロシア/36%」 「香港/35%」 「フィリピン/35%」 「中国/34%」 「マレーシア/31%」 「シンガポール/30%」 「台湾/30%」 「ベトナム/23%」「英国/23%」「フランス/21%」 「米国/15%」 「ドイツ/11%」 「インド/9%」・・・・となっているらしい。
今回対象の39カ国・地域で上級管理職に占める女性割合の平均は20%で、2009年の24%と比較すれば4ポイントの低下となる。また、女性の上級管理職が全くいない非公開企業の割合は2009年の35%から2011年には38%に上昇しているらしい。
タイが首位だった理由について'グラント・トンソン 'としては「タイでは上級管理職のポストが男女平等に開かれている」「タイでは女性が独身だったり、結婚が遅い・・・・」といったことがタイの企業で出世する理由となっていると分析&指摘している。
タイでは大学卒の割合も女性が多く、社員&職員のほとんどが女性という職場も一般的で、その結果としてホワイトカラーの女性のつり合う結婚相手を周りで見つけられず、独身のまま仕事を続けるといったケースも多い・・・・ともコメントされている。
Vol.52
「 タイにも影響する震災後遺症・・・・!? 」
2011.4.29
前回 Vol.51のブログ
内容の中で、日本人の
'査証'無しでのタイ
滞在は最長 30 日と記
したが、4 月 27 日の
新聞によるとタイ政府
は、5月 1 日から10月
末日までの 6 ケ月間に関して日本人が査証なしでタイに滞在できる期間を現行の 30日から 90日に延長する・・・・と発表した。
東日本大震災で落ち込んだ日本人観光客の呼び戻しが狙いとある。昨年タイを訪れた日本人は前年比1.7 % 減の 98.5 万人で、マレーシア人、中国人に次ぐ第 3 位だった。今年は東日本大震災の影響で大幅に減少し、日本人旅行者からの外貨収入も当初の見通しを 150 億?200億バーツ( 420億?560億円 )下回るようにも予想されているみたいだ。日本旅行業協会によると、JTBなど日本の旅行大手 7 社のタイ行きパッケージツアーの予約状況 (4月20日発表 )は、人員ベースで前年同月を 100 とした場合、4 月/ 65.2 ポイント、5 月/ 62.7 ポイント、6 月/ 72.8ポイントでしかないとの事。タイ国際航空の発表によると震災の影響でドル箱の日本路線の搭乗率が下がり、数億バーツの減収になったとしている。
小生は2011年3月11日の震災の二週間後からほぼ一ヶ月間( 3/27?4/26 )訪タイしていたが、当初" 津波 "の報道は毎日のTOPニュースとしてタイTVでも取り上げられていた。ところが'津波'が引き起こした福島原子力発発電所での放射能漏れ事故に関しては、タイ国民の反応は以外にも低いと感じた。タイ在住の中国人向けのTVニュースでは、連日TOPニュースとして報道され日本の放射能汚染に対する処置に相当厳しい非難の内容だったにも拘わらず・・・・である。
確かに 2004年のスマトラ沖地震・インド洋津波で被災経験のあるタイ国としては、'津波'への反応は敏感だったが、国内に原子力発電所を有しないタイ国民にとっては放射能被曝etc.無縁の事なのかもしれない。但し、タイ政府としては日本からの輸入食材に関して放射能検知器での検疫が強化され微量であっても基準を超える反応が出た場合、タイ国内には持ち込ませない処置を徹底した。
Vol.51
「 恐るべし、韓国パワー・・・・!? 」
タイ入出国時の玄関口'スワナプーム空港'において最近特に感ずる事は、'中国人' &'韓国人'のツアー客を多く見かける事だ。'中国人'に関しては日本でも中華街が各地に点在するように世界中にすでに浸透し何処の国を訪れても出会う事は多い。タイ国内においても中国系のタイ人が非常に多く、お正月にしても中国系の旧正月が最も賑わいを魅せる。一方'韓国人'に関しては最近特に増えてきているように小生は感じる。しかも若い人達が多いのだ。10年程前に初めてタイを訪れた時、空港や街中で見かける東洋人は'中国人'を除けば '日本人'が多かったように記憶している。会話をしている言葉が聞きなれた'日本語'が多かったものだが・・・・今は'韓国語'の方が多く耳にする。空港での案内板にしても記されている言語は、「タイ語」「英語」「中国語」「韓国語」となっている。残念ながら'日本語'表示は無い。タイを愛する小生にとっては誠に残念でならない事だ。
タイ国内に踏み入れてみれば誰しも感じることだが、タイ人は日本人に対して大変友好的&親日であることは間違いない。タイ国内を走っている車にしても80 % 以上が日本車なのだ。進出している日系企業が7000社もあるタイにおいて、車や電化製品に代表される日本製品への信頼性はダントツの地位を築いている。
しかしながら・・・・最近の「メイド・イン・コーリヤ」のプロモーション & 実績には目を見張るものがあることも事実である。世界市場においては電化製品や携帯端末etc.で「SAMSUNG 」「 LG 」がタイ国以外でも既に日本メーカー以上の世界シェアーを獲得している。自動車にしても世界シェアー5位「ヒュンダイ(現代) 」には注視すべきではないだろうか・・・・!? (ちなみに1位「トヨタ」・・・・6位「ホンダ」、7位「日産」・・・・と続く)「日本」 の四分の一ほどの(北海道 & 四国を合わせた)国土面積で、しかも「日本」以上に自国内の資源に乏しい「 韓国 」のパワーは見習う必要があるのではないだろうか・・!?最近ではタイ国内の日系企業をターゲットとした韓国系企業の進出が目覚ましく脅威ともなってきている。
またタイのゴルフ場で最近よく見かける光景だが、韓国のプロゴルファーを目指す若者30名くらいが当LJT(日タイ・ロングステイ・ネットワーク)と提携している' Bangkok Golf Club 'で隣接するホテルに泊まりゴルフ合宿をしている。2人一組のラウンドで相互チェックし、プレー後もグリーン周りでのアプローチ練習を延々としている。日本だけでなくプロゴルフの世界で男女を問わず韓国勢が上位ランキングにいるのも納得できる気がする。
その他・・「タイ」と「韓国」の間には、ビザの相互免除協定があり、お互いの国での滞在において'査証'が無くても90日迄滞在できるのだ。しかし、誠に残念ながら「タイ」と「日本」の間には相互免除協定が未だに無い。但し協定が無くても「日本人」が「タイ国」に入国の場合'査証'無しで30日迄滞在できるようにタイ国は融通してくれる。ところが逆に「タイ人」が「日本国」に入国の場合は、すべて'査証'が必要となる。タイからすれば不平等・・??いろいろ理由があるのだろう・・・・しかし、世界をマーケットとしてやっていくなら、韓国のような柔軟性も必要なのではないだろうか・・・・!? 「日本」がどのように考えるかも大事な事だが、相手国が「韓国」と比して「日本」をどう評価しはじめているかも考慮する時代になっているのではないだろうか・・・・!?
Vol.50
「 2ヶ月ぶりにバンコク入りして・・・・!? 」
3月27日(日曜日) 約2ケ月
空港に降り立った。今回の訪タイ
には総勢7名のファミリーチーム
とご一緒させて頂いた。ファミ
リーチームとは・・・約4年ほど前
に小生が現役だった頃、他人より
ちぃーとばかり太め(自分自身の
判断基準で・・)の小生は心筋梗塞
をおこし急きょ入院した経験を持つ。
その際、小生の心臓にカテーテル
手術して頂いたのが今回の訪タイに
ご一緒したS?Doctor である。
今回は S?Doctorご夫妻と2人のお子様(6歳&1歳)のほか、S?Doctor のご両親&奥様の母上もご一緒され、正にS?Doctor ファミリー総勢7名のツアーとなった。
スワナプーム空港に降り立った時、まず最初に感じたのは異常なほど気温が低かった事。例年の南国タイでは3月も半ばを過ぎると35? 36℃ の猛暑日となり、立っているだけで汗が滲み出てくるはずなのに、日本からジャンパーを着込んで行ったにも拘らず汗一つかかないのだ。人一倍汗っかきの小生が云うくらいだから間違いなく異常と云える。3月11日(金曜日)に東北地方の太平洋側を襲った「マグニチュード9.0」という大地震がもたらした巨大津波にしても本当に自然界では異常と思われる現象が続いている。この東日本大震災&巨大津波による大勢の犠牲者およびそれに端を発する福島原発での大惨事による多数の被害者etc. の影響もあってか??・・・関空発バンコク行きのJAL便も空席が目立ち50 ?60 % 程度の搭乗率だった。
東日本大震災に対してタイ政府や王族、民間企業、地方行政体etc. から多くの支援&義援金が集っている・・・・との事をVol. 49 のブログでも記したが、実際バンコクに着いてから'いろいろな場所&いろいろな人々'が募金活動している光景を目にする事ができた。小生がバンコクで住んでいるアパートの受付カウンターにも義援金の箱が置かれ入居者たちからの義援バーツが結構入れられている。本当に被災国の者としてはこんな処にまで・・・・と頭が下がる。顔見知りの人達からは「KEN は無事だったのか・・!?」とか「 家族はどうなんだ・・!?」「福島原発からの放射能モレの影響はなかったのか・・!? 」etc. たくさんの優しい声掛けをもらった。タイ人は本当に優しいと改めて感じるとともに、リタイアメント後のセンンドライフを半分タイで過ごすシニア・ロングステイヤーの小生が拠点をタイにした事を改めて良かったと再認識できた。
Vol.49
「 大震災で新たに知ったタイ人の優しさ・・・・!! 」
東北地方の太平洋側一体で
'プレート連鎖型地震'発生。
震源域は岩手県沖から茨城県
沖にかけて長さ500?、幅200?
に及び地震のエネルギー規模としては三陸沖で「マグニチュード9.0」という観測史上世界4番目に当たると云う。
ちょうど16年前( 1995年)の1月17日、神戸に自宅がある小生は阪神大震災に遭遇した。周囲は「全壊 or 半壊or一部損壊」のいずれかの被災をしたが、小生宅は一年目の新築建屋だったため屋根瓦が一部ズレ落ち、壁面にヒビが入った一部損壊で済んだ。ただし家財は転倒により相当ダメージを被った経験を持つが、その時の"揺れ"を思い出すと今でも背筋がゾクッ・・!! とする。その阪神大震災にしても「マグニチュード7.2」だった。地震のマグニチュードは0.1上がるごとに約1.4倍ずつエネルギーが大きくなる為、今回の『東日本大震災』は小生が経験した「阪神大震災」の1000倍に達するらしい。
しかも今回の大震災は'揺れ'に引き続き"巨大津波"をもたらした。海岸に接する市町村を根こそぎ飲み込んでしまい、一瞬にして悲惨としか表現できない廃墟と化した。更なる悲劇は、我々が普段当たり前のように使用する電気の源「原子力発電所(福島原発)」が'大地震&巨大津波'の犠牲となり「放射能漏れ」まで引き起こしてしまったのだ。
半月経った現時点でもまだ復興への一歩も踏み出せていないが、今回の地震による建物の倒壊、大津波の飲み込みによる死者&行方不明者は、3万人に達するのではと云われている。まさに被災者にとってはこの世の地獄を見たのではないだろうか・・・・!? ちょうど神戸にいた小生は、この大惨事をTVを通して時系列に視ていた。阪神大震災の被災者としては眼が離せなかった。
今回の大災害のニュースは世界中に報道され、早速多くの国々から支援の申し入れがあった。2004年12月26日のスマトラ沖地震・インド洋津波で被災経験のあるタイ国政府もいち早く特別支援予算として2億バーツ( 約5.4億円 )を計上。王族のワチラロンコン皇太子からも被災者むけに2万枚の毛布が寄贈された。もちろん日頃タイでお付き合いしている日本語教室のソムヤー教師や雑貨店のリムさん達からも小生宛に心配声のTELやメールがすぐにあった。本当に有難いことだ。
タイ国内では東日本大震災のニュース報道の直後から'義援金'の募集がすぐさま始まり、今もその募金活動が更なる広がりをみせているとの事。毎週、街のあちこちで支援イベントが催され、芸能人のチャリティーイベントやTVでの呼びかけにより、タイの王室系企業をはじめ民間企業や地方行政体からも多くの寄付が寄せられていると聞く。また街を歩く人々も個人のサイフから募金箱に寄付する姿をネットで見て本当に嬉しい限りだ。タイでも貧しい部類に属するであろう知人にTELすると「日本は大丈夫か・・?? この前100バーツ(約270円)寄付しておいたヨ!! 」って・・・・。タイ人の一日の最低賃金は 200バーツ( 約540円)程。20バーツもあれば屋台でチャーハンを食べれる事を考えると・・・・彼にとっての100バーツとは、ちょっとした金額なのだが・・・!?
Vol.48
「 タイ ( バンコク ) での結婚式・・・・!? 」
のお葬式とお香典」に関して
記したが、'冠婚葬祭'続編
としてタイの結婚式・・・・タイ
と云ってもバンコク流・・・・
のことを今回は述べさせて
もらう。
ここで敢てバンコク流とことわりを入れているのは、昨今結婚式のやり方や中味について「バンコクを中心とする都会タイプ」と「イーサン(東北地方)に代表される郡部での昔ながらのタイプ」とは大きく違うらしい。
ここでは日本の会社で定年まで全うし、セカンドライフを奥様の母国バンコクで居を構える小生の知人の娘がめでたく結婚する事となり、その結婚披露宴に出席したときの事を思い起こしながら「都会タイプの結婚披露宴」の事について・・・・とご理解頂きたい。
タイでは一般的に朝早くから新婦の家もしくはホテルの式場で仏式の結婚式を挙げ、親族や親しい友人たちに見守られながら厳かにすすめられ、夜になって披露宴がホテルの宴会場で催されることになる。
披露宴の流れだが、祝儀は一人1,000 バーツ位が相場だと聞いていたので招待状に入っていた祝儀袋に入れ持参。披露宴は 18:00から受付開始となっていたため定刻前に行くと受付には友人らしき人が数人おり、そこで祝儀袋を渡し日本と同じように芳名帳に記帳。受付横には満面の笑みを浮かべた新郎 & 新婦が招待客を出迎えており、ここでお祝いの言葉をかけたあと新郎 & 新婦やご両親と並んでの記念撮影。朝早くから厳かな結婚式を滞りなく済ませ、緊張で心身とも疲労困憊のはずなのに一人ひとりの招待客に笑顔で挨拶している。特にタイ流結婚式に熟知していない新婦の父親(小生の知人)は、ボーっとしているだけで良いが母親(知人の奥様)は来賓者たちに挨拶etc.で飛び回っていたのが記憶に新しい。会場の入り口には事前に写真館で撮影した新郎 & 新婦の記念写真が飾られており披露宴が始まるまでの間に見て回れるようになっている。
会場は 10 人位が座れる円卓がいくつも並べられており、すでに受付開始の18:00を30分以上過ぎているにも拘らず、新婦の父親の知人である日本人が座っている我々の円卓以外は殆ど着席しておらず、まだホテルに到着していない人たちも大勢いるとの事。結局披露宴が始まったのは受付開始から2時間後だった。これはタイ人が時間にルーズと云うのではなくごく一般的な事らしい。新郎 & 新婦の登場もいつの間にか演壇に座っていて両家の友人の挨拶に始まり、乾杯のあとはケーキの入刀や新郎 & 新婦のなれ初めの紹介があり宴もたけなわとなる。ところが披露宴のエンディングは「これで御ひらき・・・・」というセレモニーも無く、皆三々五々に帰路に着く。結局、招待客が一同に会しているのは約 1 時間ほどで、何処から何処までが披露宴だったのか今でも良く解らないのが現状だ。
処違えば式次第も違って当然。まして異国とあらばさもありなん!!・・・・と自分なりに納得している。
Vol.47
「 タイのお葬式とお香典の雑学・・・・!? 」
訪タイした翌日の夜・・・・
小生がサポートしている
日本語教室のソムヤー教師
から酔っ払った声で小生の
携帯に電話が入った。
ソムヤーが教えている生徒たちの中には日系企業に勤めているサラリーマンが多く、その生徒たちは休日である日曜日に多く集まるため小生もバンコク滞在中の土曜&日曜はサポートに行く事になっている。翌日は日曜日なので当然教室に行く事にしていたが何となく電話の様子がいつも違うのでよくよく訊ねてみると・・・・ちょうど一週間前に田舎のお母さんが急死したとの事。お尻に"オデキ"ができ除去のため入院したが、悪性の毒素が血管に入り込み急死に至ったらしい。ソムヤー教師もあまりの突然の事だったためショックが大きく電話口でも泣き崩れていた。
前回 Vol.46で「仏教国 タイランド・・・・」の事を記したが、タイでのお葬式や香典の事は良く解らないのでネットで調べてみると、日本との違いをいろいろ学ぶ事ができた。ここでは「タイをめぐる雑学の館」というコラムに記されていたことが解りやすかったので引用させて頂く事にする。
まずお葬式に関して云えば、タイでは日本で言う'お通夜'が5―7日間続き、遺体が傷まないようにドライアイスetc.で囲い葬儀場に安置される。5―7日間というのは各日葬儀の主催者が変わり、例えば父親が亡くなったとすれば・・・・「親族主催の日」「長男の会社主催の日」「次男の職場主催の日」「故人の友人主催の日」etc.・・・・である。弔問はそれぞれ各位の該当日に行けば良いのだが、5―7日間の各通夜が全て終わってから本葬がとり行われ、簡単な司会者からの故人紹介と僧侶によるお経で本葬が締めくくられる。最後はお寺の下人と遺族で焼き場の釜に運び入れられ火入れが厳かに行われるらしい。
次にお香典に関して云うと、残されたご家族にとってはお葬式の費用だけても相当掛かるため参列者としてはお付き合いの度合いによってお香典をそれなりに出してあげれば・・・・と思うのだが、ここでは注意を要する。お香典は残された家族に届けられるものではなく「徳を積む」の"タンブン"・・・・つまりお寺への寄進なのだ。タイにおける庶民の仏教で「徳を積む」という行為はお寺への寄進・・・・故人に代わってお寺に寄進することで故人の徳を積んで欲しい、それがタイの葬式における香典の意味なのだ。お香典に関しては日本と大きな違いがあることをここでは理解してもらいたい。
Vol.46
「 仏教国 タイランド ・・・・」
タイに入国し空港から車で
オレンジっぽい色で急な斜度の
屋根をした大きな建物がすぐ目
に入る。これはタイ語で
' ワット'と呼ばれる
" 寺院 "である。
殆どの旅行者が見学で訪れる処で「ワット・プラケオ」とか「ワット・アルン」など有名な寺院はご存知だと思うが、タイではどんなに小さな町村にも必ず寺院があり、黄衣をまとった僧侶をいろいろな場所で見かける。寺院は僧侶が修行の場&信仰の場というだけでなく、地方へ行けば集会所&相談所&娯楽の場&病院&学校・・・etc.あらゆる機能と役割を果たし、地域の住民と密接に関わっている。国民の9割以上が仏教徒であるが、タイ国憲法では信仰の自由が保護され少数派ではイスラム教&キリスト教&ヒンズー教etc.を信仰する人もいる。
小生は宗教に特に興味がある訳ではないが、少しウンチクを述べさせて頂くと・・・・同じ仏教とは云え、日本の仏教が'大乗仏教'と呼ばれ誰もが成仏でき、誰もが悟りを開く事ができる・・・つまり出家僧だけでなく在家信者も救われると云う教えに対し、タイの仏教はインドから発生した'上座仏教'と呼ばれ、"この世に生きる事は苦しみであり、苦しみの原因になるのは執着する心。その執着を断つ最も効果的な方法は出家し僧侶として修行する事・・・つまり出家して悟りを開いた者だけが救われる"という考えを基に成り立っている。
その為かどうか真意は定かではないが・・・・タイ人は"タンブン"と呼ばれる'徳を積むこと'を好む国民である。"タンブン"の行為としては、「お寺に寄付をする事」「僧侶に托鉢する」「出家する」「小鳥や魚を逃がしてあげる」「五戒を守る」ことを指す。ちなみに五戒とは、?殺生をしない ?盗まない ?犯さない ?嘘をつかない ?酒を飲まない・・・・の事らしい。
Vol.45「タイでゆったりゴルフ三昧・・・・!! 」
< Part. 4 >
1/23(日) 日本から4,600 km
以上離れたタイ(バンコク)に
到着し、その日のウエルカム
ディナーにありついたのは
午後8時頃だったが、
シニア10名の
メンバー各位は夜のバンコクをお元気に見学。ツアー2日目( 1/24 ) には'Bangkok Golf Club'で 1ラウンドし、夜はニューハーフショー「カリプソ」見学。ツアー3日目( 1/25 )は全員で寺院の見学etc.含むアユタヤ観光へ。ツアー4日目( 1/26 )はタイガーウッズが海外で初優勝(1997年)を飾ったコース 'Thai Country Club'での 1ラウンド。ツアー5日目( 1/27 )は当初、水上マーケットや鉄道市場etc.の観光Dayの予定だったが、Vol.44 で記したように急遽予定変更し'Bangkok Golf Club'でのリベンジゴルフ実施。夜はタイレストラン「サラリムナム」で宮廷料理と古典舞踊の観賞し、夕食後は高層タワー屋上のオープンスカイバーでバンコクの夜景を眺めながらの乾杯。最終日のツアー6日目( 1/28 )は'Kiarti Tanee Country Club'での1ラウンドを実施し、夕食はラオス料理のお店「ビエンチャンキッチン」で食したあと、夜の便( 22:35発―23:50発 )で帰国の途につく。
結構ハードなスケジュールと見えるが、今どきのシニア連は誠にお元気 !! 帰国日を他のメンバーの方より2日程長く滞在されることになっていたYY氏は、残念にもお腹を壊されラオス料理のお店には来られなかったが、その他の帰国される面々はあっという間のツアーだった・・・・とまだまだ物足りなさそうなお声があちこちで聞かれた。
実質5日間 (120時間) という在タイ期間中に4日間ゴルフをされ、観光までこなされたシニアの面々は、疲れたお顔一つ見せず手を振って出国ゲートに入っていかれた。
若い人たちでも疲れそうな旅程表になぜ元気なのか・・・・!?
それはタイという国が遠く離れた異国の我々日本人シニアを自然体で受け止めてくれ癒しの気分を与えてくれるからではないだろうか・・・・? それまで他人だった人たちがバンコクで集まったのに・・・1―2日もするともう旧知の間柄にしてしまう。「微笑みの国」で初めて見たり & 体験した事をお互いに語り合う中で自分と共感する部分を他人の中にも発見し、お互い出身地や経歴に関係なく素直に語り合う自分がそこに居ることに気付く。日本では普段ポーズを取ることが多くあっても「微笑みの国」では飾りは付けなくても良い。例えば今回当イベントで初めて会った大阪人AK氏と東京人TN氏に至っては、気心の合う友達のように会話し、帰りの空港へ向かうワゴンタクシーの中では、東京人TN氏が関西弁で受け答えしているシーンもあったのだが、ご本人たちはそれすら気付いていないくらい親しくなっていたものだ。
ハードスケジュールをものともしない理由としては精神的な癒しだけではなく、シニアにとっては重要な肉体的癒しも欠かせない。タイではゴルフラウンドにおいて一人ひとりに専属キャディーが付き、雨でぬかるんでいなければキャディが運転する乗用カートでボール脇まで行ってもらえる。シニアが一番不安な足腰への負担が殆どない訳だ。また多少疲れが残ったとしても・・・・ホテルに戻ってから近場でアチコチにある2時間 / 700円程度のマッサージ店でタイ古式マッサージやフットマッサージをしてもらえば、今日の疲れを明日に持ち越さずに済むというものだ。
このブログで過去「シニアは益々お元気・・!!」と云うことをいろいろ記させてもらっているがタイに来られるシニアは本当に元気だ。「 新しい人」 & 「 新しいもの」 & 「 新しい自分」を発見し、心身ともリフレッシュして戻っていかれる。
シニアもリタイアメントしたなら、旅行よりもう少―しだけ長いステイにチャレンジされたら如何だろう・・・・!? ショートステイでも・・・、ミドルステイでも・・・、ロングステイ・・・でも何でも良いと思う。今まで働き続けてきた自分へのご褒美として、自分(奥様も含め)達に合ったスタイルで「楽しく & 有意義な」セカンドライフに是非チャレンジしてみよう・・・・!!
Vol.44「タイでゆったりゴルフ三昧・・・・!! 」
< Part. 3 >
到着日の夜、バンコク夜の街見学会でクラブ派だった面々がホテルに戻りシャワーを浴びて床に就いたのはおそらく深夜1時を過ぎていたのではないだろうか・・・・!? 次の日は当ツアーの本来目的「タイでゆったりゴルフ三昧」の初日である。朝6時半に朝食を取る事になっていた為、おそらく早朝6時前には遅くとも起きなければならないはずなのに・・・・全員お元気なお顔で集合。前日の長旅疲れ & 長時間の入国手続き & 夜の街徘徊にも拘らず・・・・である。「何がゆっくりゴルフ三昧だ・・!?」「ハードなゴルフ三昧ではないか・・!!」とご指摘されそうだ。
ともあれ、月曜の朝のバンコク都心渋滞地獄を体験しながら名門'Bangkok Golf Club'に到着。スタート前にティーグランド脇で山下代表によるセレモニーに続き「シニアゴルフ会」豊住会長から開会のご挨拶。そして参加者全員揃っての記念写真。いよいよ待ちに待ったTee-Off である。この時期タイでは「全く・・!!」って云って良いほど雨が降らない。小生が知る限り一番高速グリーン設定の'Bangkok Golf Club'においては'3バットは当たり前'時には'4パット'もありうる難グリーンでの初ラウンドは少々厳しいかもしれないが・・・・そこは毅然としたシニア集団。「今日は練習 & 練習・・・!?」と云いながら笑みを浮かべながらラウンド。18ホール終わってみれば、シングルプレーヤーの豊住会長ですらグロス91の仕上がり。プレー後、シャワーを浴びたあとの昼食レストランでも誰からも 'スコア'の話が出ず。さすが紳士のシニア集団だと納得させられた。
今回の「タイでゆったりゴルフ三昧」のスケジュールは隔日にゴルフをし、ゴルフDayの中日は観光の日となっていた。ちょうど中日となる 1/25(火) と 1/27(木) は観光としていたのだが・・・・初プレーで'Bangkok Golf Club'をプレーした後、今回イベントの参加シニアから「 1/27(木)に予定している観光は中止にして、この'Bangkok Golf Club'をリベンジしたい・・・!!」との声が上がり、急きょ山下代表がすでに予約済みの観光タクシーetc.のキャンセルを入れたり、新たにゴルフ予約をしたりのバタバタ修正に挑み、何とか我が儘シニアの申し入れとおりに計画変更できた。もちろん1/27(木)の我が儘ゴルフには男性シニア全員が参加となったのだが、余程初日の'Bangkok Golf Club'の立ち塞がる超高速グリーンという壁が、いつもなら沈着冷静なはずの男性シニア連たちに大きな屈辱を与えたのではないだろうか・・・・!?
" ガンバレ ! 頑張れ !! シニア連 !!! "
Vol.43「タイでゆったりゴルフ三昧・・・・!! 」
< Part. 2 >
前回の Vol.42から第2回「タイでゆったりゴルフ三昧」というイベントについて記しているが、今回はスワンナプーム空港で参加者全員がようやく揃ってからのことを続編として記させて頂く。
今回のイベント参加者は、関東勢9名と関西勢1名を合わせた総勢10名(男性8名+女性2名)。今回の参加のうち第1回「タイでゆったりゴルフ三昧」に初参加された「海外はっぴーらいふ倶楽部」の初代「シニアゴルフ会」会長の豊住氏および同じく第1回に大阪から初参加されたAK氏。そして一昨年(2009年)の秋お一人でLJT に参加されたIJ氏の3名は当サイト" 日タイ・ロングステイ・ネットワーク"( LJT:山下代表 )のイベント・リピーターなのだが、その他7名は今回が初参加の方々ばかりだ。
紅2点の女性のうち1名は豊住ゴルフ部会長を影で支え見るからに優しそうな奥様のTMさん。もう1名の女性は豊住氏ご夫妻共通の知人でキャリアウーマンらしくチャキチャキとされたTNさんである。その他、初参加の男性軍としては「 60歳にしてまだまだやんちゃ癖が抜けきれず、ずっと青春し続けているシニアのTN氏 」「 いろいろなシーンで地元タイ人にも確認をとってみたが、誰もが彼は絶対タイ人だと言い切るくらいタイ人っぽいMS氏」「 59歳との事だが、お世辞でもなくどう見ても絶対40代の若さにしか見えないYK氏」「大柄で常に理詰めの語り口調で語り、紳士然としたIT氏 」そして「 一見優しそうな風貌で女性がついついガードを緩めてしまいそうなYY氏 」・・・・といったメンバー構成である。
いろいろ各参加者各位の事を第一印象だけで小生の独断と偏見で勝手な事を記したが、もし間違っていたら小生の事を「人を観る眼がない若輩者」としてお許し願いたい。
こうした10名のイベント参加者各位とLJTの山下代表および小生がスワナプーム空港の到着ロビーで一同に会し、ようやく午後6時過ぎ2台のワゴンハイヤーに分乗し宿泊先の「アデルフィグランデ」に向かった。日曜日のため街中までの道路は平日のように車の渋滞もなく約40分後にはホテルにチェックイン。荷物を各自の部屋に運び込み、ホッと一息する間もなくその日のウェルカムディナー先である "サイアム"へBTS(高架鉄道)で移動。午後8時近くなってようやくタイ料理の店" バーン・クン・メー "に到着し、待ちに待ったビールでのチャイヨー(乾杯)宣言。その後テーブルに狭しと並んだ'ガイヤーン'と呼ばれる蒸し焼き鳥やトムヤンクンを空腹に詰め込むと次第に疲れていた体にパワー充電されてきたのか・・・・しばしの歓談となった。
膨れたお腹をさすりながらお店を出たのは夜の9時半近くになっていたが、ここからがお元気シニアの真骨頂とでも言うのか・・・・バンコク夜の街見学会を望む声もあり、ショッピング街派と日本人駐在員が利用するタニヤと呼ばれるクラブ派の2班に分かれ散策がスタート。小生はクラブ派希望者4名と共にパッポンと呼ばれるテント張りの夜店街を見学した後、日本人向けクラブ街「タニヤ」に行き、その中の一店に入った。一時間ほど各自カラオケで日本語の歌(演歌)を熱唱しお店を出てきたのは日も変わる12時近くになっていた。当日の午前中、日本を出発してきたばかりのメンバー各位は日本との時差( 2時間 )を考えると、夜中の2時過ぎまでうろついていたと云うことになる。まさに今回もお元気シニアの物語スタートだ。
Vol.42「タイでゆったりゴルフ三昧・・・・!! 」
< Part. 1 >
当サイト" 日タイ・ロングステイ・ネットワーク"( LJT:山下代表 )が運営する「海外はっぴーらいふ倶楽部」主催の「シニアゴルフ会」として第2回「タイでゆったりゴルフ三昧」のイベントを実施した。今回はその中でのエピソードを小生なりに記させて頂く。イベントに参加された方々の中にエンターテナーも多くおられたため今回は何編かに分けさせて頂きます。
そもそも「シニアゴルフ会」とは・・・・当サイト" LJT "の「海外はっぴーらいふ倶楽部」会員のサークルで、定義としては' リタイアしたシニアが中心となって タイで気ままなゴルフを楽しむ会 'としている。小生も当組織の現地サポーターとして在タイ中は参加させて頂く事にしているが、決してゴルフが上手い人達のサークルではないので「上手 & 下手」に関係なく参加できる。ちなみに、LJT代表の山下氏にいたっては過去 Vol.31「シニアは、現役より元気・・!? 」で記したようにお世辞にも上手いとは云えない。それ故か否か定かではないが、山下代表は第1回「タイでゆったりゴルフ三昧」イベント( 2010.9.27?10.2 開催)において手取り足取り指導してもらったシングル・プレーヤー豊住氏( 60歳)に名誉ある「初代会長職」を懇願し、就任して頂いたという経緯がある。( 今回は当LJTサイトに豊住会長就任の談話も掲載されているため実名にて表記させて頂いた。)
そのような歴史を経て、第2回「タイでゆったりゴルフ三昧」は 2011年1月23日― 1月29日という6泊7日(プラス機中泊1泊)の日程で実施された。
今回は東京をはじめとする関東勢9名と大阪代表の関西勢1名という総勢10名のツアーとなった。各参加者の搭乗機もTG(タイ航空)・JAL(日本航空)・NK(全日空)の4つの便に分かれていたが、いずれの便も15:45(着) から 16:05 (着)までの間に集中していた為、東南アジアのハブ空港'バンコク・スワナプーム国際空港'にて入国手続きを終えた後、各自の荷物を受け取り到着ロビーの No.1ドア付近で集合する段取りだった。もちろん山下代表もNK便でバンコク入りし、現地サポーターの小生は、年明け 1/11 からバンコク入りしていたため、事前に集合場所で待機する事になっていた。
ちょうど日曜日のスワナプーム空港は人 & 人& 人でごった返しサマーホリデー真っ只中のオーストラリア人や近年海外進出が目覚しい韓国人のツアーグループがやけに多いのには驚く。
それにしても15:45 から 20 分間に日本からの国際定期便が4便も到着するとは・・・・たまたまかも知れないが、5分に1便と云う計算となり日本の都会での地下鉄や路線バスと変わりない過密ダイヤだと改めて思い知らされる。そのお陰でタイへの入国者がまずチェックを受けるイミグレーション(入国審査)窓口では通勤ラッシュ時の駅ホーム同様、長蛇の列となり入国まで一時間以上牛歩状態で立ち並ぶ事も多々ある。
小生が待ち合わせ場所に到着した時、何と大阪から唯一の参加者AK氏がすでに待たれていた。AK氏が搭乗した大阪からのTG便は予定より40分以上も早く到着しイミグレーション・ラッシュアワー時間と若干ずれていた為、スムースに入国できたみたいだ。それでも30分くらいは並んだと聞く。
このAK氏は豊住会長同様、第1回「タイでゆったりゴルフ三昧」に初参加され今回がバンコク再会となる。過去 Vol.31 で記させていただいたが、現役時代は様々な国での駐在経験をお持ちの63歳コテコテの関西人である。
その後、イミグレーション・ラッシュアワーに突入したのか成田空港からの3つの便に分かれてくる参加者の方々は飛行機着陸後一時間以上経っても集合場所に現れる事はなかった。三々五々集まり全員が揃ってようやく宿泊ホテルに向かう二台のワゴンハイヤーに乗り込んだのは午後6時近くになっていた。長旅 & 長時間行列、本当にお疲れ様でした。
・・・・以下、次回 Vol.43に続く・・・・
Vol.41
「 世界の都市別 生活費ランキング・・・・!? 」
2011.1.23
が選ぶ都市別ランキング」を
記したが、今回インターネット
の或るサイトで「都市別の生活
費ランキング」が掲載されて
いたので思わず注視してしまった。
リタイアメントシニア&年金生活者の小生としては、限られた生活費の中で充実したセカンドライフを第一に求めている。今回の「生活費ランキング」の調査対象は食料&飲料&衣料&家電etc.母国を離れた駐在員が日常使う物品&サービスのコストを高い順にランキング(Total:390都市)したものだ。( 住居費&電気&水道&学費etc.は除く。)
2010年度の結果、1位は東京、2位がオスロ(ノルウェー)・・・・と続くが、何と1位の東京をはじめ TOP-10には名古屋(4位)、横浜(5位)、神戸(7位)と・・・日本は4都市も入っているではないか・・・・!? それにしても日本の高額生活費には改めて驚かされる。ちなみに国際都市バンコクは154位であり、バンコク・ロングステイヤーの小生としては思わず微笑んだものだ。
バンコクでの生活費はと云えば・・・・食料&飲料に関しては、普通のタイ人が食べている食事処で飲食すればディナーでも300円もあれば充分だし、衣料に関しては一年中短パン&Tシャツ姿で風邪をひく事もない。小生の場合タイでの日常は水着を履いている。ゴルフの時もそうだが突然のスコールでのビショ濡れも気にならず速乾性で汗ジミもない。その上インナーがネットのため涼しく&下着を着ける必要も無いという事は洗濯も少なくて済むのだ。但し、柄ものでなく見た目は膝丈のショートパンツと差異のないシンプルな水着を選択している。Tシャツはユニクロのドライタイプであれば洗濯しても数時間で速乾。その他、調査対象外の住居費&電気&水道にしても、実体験では家族がいる生活ランキング7位の神戸と比べても半分以下ではないだろうか・・・・!?
Vol.40
「 喫煙者、要注意・・・・!? 」
現在、タイでは免税タバコを外国から規定以上持ち込む事を厳格に規制している。日本を出発する時、愛煙家が空港の免税店で渡航中に吸うタバコをカートン買いしている姿をよく見掛けるが実際には一人1カートン( 10箱/200本 )しか持ち込めない事を憶えておこう。以前は比較的規制がゆるく2?3カートンなら見逃してもらえることもあり、万一違反が発覚しても免税対象外の税金を支払えば許してもらえたらしい。確かに日本で普通に買えば1箱(20本入り) @ 300円のものが空港免税店で @ 190円で買えるとなると何箱もまとめ買いしたくなるものである。
今はタバコを止めたが、数年前まで60本/日(3箱)喫煙のヘビースモーカーだった小生はある時、免税店で買ったタバコ4カートン(40箱)をタイの税関に申告せず持ち込んだ。ところが入国手続きを終えうまくすり抜けられたと思いながら・・・・タクシー乗り場で並んでいると、空港の物品税局の職員に呼止められ荷物検査をされた。すぐにタバコ4カートン(40箱)を見咎められ違法持込として空港内の事務所に連行された・・・・その後、約一時間の質疑応答。友人の分もまとめて持っていると答弁したが免税店の領収書が一枚の為、友人の分との証拠とならず10枚近い書類にサインされた挙句、バンコク市内の簡易裁判所に連れて行かれ即時罰金刑の通達。その場で約4万円相当の罰金を支払わされた。もちろん免税店で買ったタバコも全て没収された・・・・シクシク。
Vol.39
「 タイのお正月について・・・・!? 」
ブログを覗いて頂いた皆さん、
2011新年明けましておめでとうございます。
ところで今回はタイのお正月について少し記させて頂きます。
ざっくりした言い方をすれば、タイでは毎年お正月が3回おとずれます。一回目は日本と同様1月1日で人々は「 Happy New Year !! 」と云って祝います。二回目は中国と同じ2月7日で祝いの言葉も「 チャイヨー !! 」と云いあちこちでバクチクが鳴り響きます。これは中国系タイ人が多いタイならではないでしょうか・・・・!? そして三回目は"ソンクラーン"と呼ばれるタイの正月4月13日で「 サワッディーピーマイ !! 」と云うのがお祝い言葉となります。この"ソンクラーン"が本来のタイ正月で別名「水掛け祭り」とも云われお互いが水を掛け合って賑やかに騒ぎます。バンコクでは Voi.36 で記したSoi.パッポン近くのシーロム通りに大勢の若い人達が集まり各人が用意してきた水鉄砲やバケツでタイ人or旅行者に関係なく水掛けが行われ5分も歩くと水浸しになってしまいます。びしょ濡れになるとお互いの仲間意識が芽生え、掛けた方も & 掛けられた方もすぐに仲良くなり心底楽しいお祭り騒ぎに入って行けますので是非"ソンクラーン"に訪タイされ体験する事をお奨めします。但し、この日の外出は、「水着が Better 」というのが小生からのアドバイスですので憶えておいてくださいネ。
余談ですが、2年程前黄服団がスワナプーム国際空港を封鎖している大騒動中にソンクラーンの日が重なりましたが、この際も「水掛け祭り」がシーロム通りはじめ各地で平然と行われていたのは小生の記憶にも新しい。
Vol.38
「 ショッピングは何処ですれば・・・・!? 」
今回は小生が拠点としているバンコクでのショッピングについて述べてみたいと思う。ここで云うショッピングとは旅行者が日本に持ち帰るお土産etc.ではなく、ちょっとした日常生活品や食べ物のことだが・・・・。
旅行者やお金持ち層のタイ人が立ち寄る『デパート 』・・・日系では伊勢丹・東急。いろいろな階層のタイ人がショッピングする『 スーパーマーケット 』・・・日系ではジャスコ。またタイの庶民の方々の買い物処・・・空き地や道路沿いに立ち並ぶテント屋根の下で日用品や食べ物が所狭しと並べ売っている長屋・・・"トァラート"と呼ばれる『市場 』に大きく分類できる。ただし我々ロングステイヤーであっても"トァラート"での買い物には相当慣れが必要だ。(慣れれば安価で同じ物が入手できるのだが・・・・)
ニッチな処ではスクム
日本人向けに特化した
「フジスーパー」とい
うのがある。ここでは
日本の食材や日用品が
揃っており顧客も日本
人が殆ど。しかもフジ
スーパーの周りには
日本食のお店が立ち
並び、100 円ショップのダイソーも出店している。その区域を見れば自分がバンコクに居るのか ? or日本に居るのか ? 錯覚するくらいだ。さすが駐在員をはじめ生活拠点をバンコク・・・と日本大使館に届出登録している在住者が30,000人以上いる国際都市ならではないだろうか・・・・!?
そ
Vol.37
「 大型ショッピングセンター駐車場での体験 」
ある日曜日のお昼前、小生のアパート近くの大型ショッピングセンター「ザ・モール」にて知人夫妻と昼食を共にする事があった。知人は小生と同じく昨年日本の会社を60歳で定年退職。リタイアメント後、セカンドライフの生活拠点をタイに移しバンコク郊外の一戸建て住宅で悠々自適に暮らしている。その彼が運転するマイカーに同乗させてもらいショッピングセンターの駐車場での体験だが・・・・
駐車場は日本でもよくある立体型の4階建てパーキング。1階の入り口で係員から駐車チケットを受け取り、車に乗ったままスロープを登っていく。大型ショッピングセンターのため駐車場の各フロアーはかなり広いスペースで、白線で仕切られ相当台数停められるようにいる。しかし日曜日のお昼前ということで1階?2階はすでに満車となっており、係員の誘導で3階まで上がるとようやく駐車スペースを見つけることができほっと一息。この時は我々の後続組・・・・1階の駐車場入り口に至るまで一般道路の一車線をダラダラ連なった駐車希望予備軍が入れるのは相当時間が掛かるだろうな・・・・と想像しただけだった。
ショッピングセンター内は大勢の家族連れやアベック客で溢れ賑わっていた。我々はセンター内のタイシャブ店でゆっくり昼食を取り・・・・(※ タイでは混み合う時間帯に係らず、食後ゆっくり歓談していても誰も急かさない)・・・・2時間程して駐車場に戻ると、そこには日本では考えられない光景が広がっていた。
規定の白線内に駐車している車の真ん前の通路に堂々と別の車が横付けされていた。それも全ての車の真ん前に同じように別の車が停められているのである。ルール外駐車の車はそれぞれ1メートル位の間隔で縦列駐車し、ドアロックはされているがサイドブレーキを引かず & チェンジをニュートラルのまま停めるのが暗黙のルールらしい。前後に手押しで移動させ自分の車が出せるスペースを開けてから出庫するみたいだ。中にはご丁寧にチェンジをパーキングの位置にし、サイドブレーキまでしっかり引いている車がある。そんな時は、駐車場の係員に云えば大型のジャッキ・・・・(※ 日本で駐車禁止場所の車をレッカー移動させる時に使用)・・・・を持ってきて車を持ち上げ移動させてくれる。駐車場係員も手際よくやってくれるので恐らく決められたスペース以外の通路にも処狭しと駐車誘導するのだろう・・・!? その間20 分位待たされるが、あまり文句を云ったりイラついてクラクションを鳴らすような者もいない。これも以前のブログ( Vol.32 )で記した「 マイペンライ・・・気にしないで・・・ 」の精神から生まれてくるものだろう !?・・・・と変に納得しまった。
(追伸) 知人によれば、休日のショッピングセンター大賑わいの理由は・・・・
・・・・「昼間、家に居れば暑いため冷房の効いたショッピングセンターで過すのだとの事。」
Vol.36
「 一度は訪れてみたい Soi バッポン・・・・!? 」
2010.12.9
タイに来られた方ならご存知
かも知れないが、バンコク・
ナイトライフの代表の一つに
「パッポン 」という通りが
ある。
BTS(高架鉄道)ならサラディーン駅 or MRT(地下鉄) ならシーロム駅で下車すれば歩いてすぐだが、タクシーでも「パッポン 」と云えば間違いなく伝わる。
巾× 10 m強 & 長さ× 200 m位 のちょっと太めの路地で、昼間訪れると両脇に雑貨店 &食堂etc.何の変哲もない商店街なのだが・・・・午後の3:30?4:00 位になると仮設テントの骨組みとなるパイプを積み込んだ何台ものトラックが通りに横着けし、あっという間に道路一面にテント天井のしっかりした屋台村が仕上っていく。屋台が出来上がると今度は、土産もの & 衣料 & アクセサリー & 各種コピー商品etc .が陳列台に所狭しと並べ立てられる。日が落ちる頃になると電気が灯されあたり一面はナイトバザールに変貌してしまうのだ。この2時間程のテント村の設営 & 開店までの光景は一見の価値あり。パッポンへショッピングに行った方は多くおられるだろうが、この2時間の変貌ショーは是非一度はご覧あれ・・・!? このショーは南国特有のスコールのある雨季であろうが & 気温35 ℃+ の熱帯亜であろうが・・・・毎日毎日繰り返されるので見学は各位のご都合に合わせれば良いのである。
Vol.35
「 もっと品質第一を目指せば良いのに・・・・!? 」
2010.11.29
前回ブログ( Vol.33) の中で・・・・小生と同年代の団塊世代の輩たちが現役時代「量から質」への大変換に携わった・・・・と云うことを記させてもらった。今回「品質 」をキーワードに述べさせて頂く。団塊世代の者にとって「品質」という言葉を見聞きすると・・・・改善活動としての「サークル活動」とか「QC」や「TQC」etc. 懐かしく思い出される方もいるのではないだろうか・・・・!? "まかり通るメイドインジャパン"というタイトルで 「 Vol.3 」に記したことがあるが、「車」や「家電製品」を初めとし、タイにおける日本製品の品質No.1 は絶対的な信頼を得ている。しかしブランドは「トヨタ」とか「パナソニック」といった日本製だが「車」にしても「家電製品」にしても造っている工場はタイ国内にあり、作業している人たちはタイ人である。アッセンブリーは外国製かも知れないが、正に「タイ製」と云っても過言ではない。ただし完成品としての日本の車をタイに輸入しようとすると莫大な課税 (タイ国での仕組み) のため日本で買う価格の倍ほどになってしまう。そんな訳で「メイドイン・ジャパン」より「ビルトイン・タイランド」が主流となっている。品質面でも' 純日本製 'とまではいかないまでも結構満足度は高い。
ところが、「ビルトイン・タイランド」ではなく、「純タイランド・ブランド」の製品に関しては、タイ人が評価してもあまり良くない。小生の体験談だが、ある時タイで全国展開している大手スーパーで自転車を購入した。その自転車に乗ってアパートに戻る途中、前の荷カゴが外れてしまった。クレームを云おうとしてお店に戻る時、今度はペダルが外れてしまった。仕方なく押し歩きで店に戻ると、陳列している別の同タイプ自転車を引っ張り出し「また何かあったら言って・・・」と平然として云う。その上、元の壊れた自転車は陳列棚にそのままの状態で戻されてしまった。
Vol.34
「 赤服騒動、強制排除から6ケ月・・・・!? 」
2010.11.24
今年 3月?5月にかけてバンコク首都圏の商業中心街である伊勢丹前「ラチャプソン交差点」をタクシン元首相支持団体「反独裁民主戦線( UDD ) 」の赤服集団が占拠し、5月19日治安部隊により強制排除された事はまだまだ記憶に新しい。
その強制排除からちょうど6ケ月目となる先日(11月19日)「ラチャプソン交差点」で先の反政府デモに関連して死亡したとされるUDD支持者らを追悼するための集会が行われた。前日までの報道では数万人規模の集会となるかも・・・?? と一部で囁かれていたが、実際の参加者は数千人と翌日の新聞には報道されていた。ちょうど2ケ月前のことだが、強制排除から4ケ月目となる9月19日にも「ラチャプソン交差点」で1万人規模の集会が開かれ、一夜あけ翌日の9月20日 18:00に大きな混乱もなく集会の解散を宣言し終結した経緯があるが、今回は「ラチャプソン交差点」に隣接する「エラワン廟」前で追悼式典を行い当日19:00平穏裏に散会した。過去、タクシン元首相支持団体「反独裁民主戦線( UDD ) 」は、犠牲者追悼集会を節目毎で開催しているが、これについては「タクシン派が今だに健在だということを示すのが目的」との見方がなされている。
Vol.33
「マイペンライと心の底から言えるようになろう・・・・!! 」
2010.11.08
タイに第一歩を踏み入れるとまず耳にする言葉 " サワディーカップ(男性) "or" サワディーカァー(女性) "・・・・これはタイ語の挨拶を意味する言葉だが・・・・。それとは別にタイ人と接していると" マイペンライ "という言葉もよく耳にすることがある。この言葉は直訳すると「 どう致しまして・・・」とか「 気にしないで・・・」と云う意味だ。ここでは小生の独断と偏見かもしれないが・・・・タイ人特有 ?? とも思える" マイペンライ "の奥深さと云うか・・・・基準の違いを述べたい。
若干回りくどい言い方でご容赦・・・・世界経済の中で'中国'の躍進がめざましく今年中に2位の座を明け渡すかも・・・・と云う説もあるが、今のところ我が" 日本国 "は経済大国として世界第2位に位置する。これは敗戦国'日本'の「 国 & 国民 & 企業 」が一丸となって築き上げたものに他ならない。中でも団塊世代の者たちが「量から質」への大変換を成し遂げ、現在も品質No.1の冠を維持し続けている。品質第一とは単なる「物」としてだけはなく「物」に至るまでの「プロセス」やそこに拘りあう『人 』までも包括するものである。
「 日本人は勤勉 & 几帳面 」といったイメージがタイでは一般的な評価としてある。確かに我々団塊世代は「約束の時間は守って当たり前・・・」と教育され、また後進に教育してきた。しかしながらタイでロングステイをしていると・・・その「当たり前な事」が「当たり前でない」という事に出会う。小生がタイ人と待ち合わせの時、実体験した例で云えば・・・・
相手とは初対面に近い間柄なので、小生としては几帳面な日本人として決められた場所に約束の5分前に到着していた。ところが相手は約束時間をとっくに過ぎたにも拘らずなかなか来ない。ようやく小一時間たって来た時の第一声は「車が渋滞していたから自分の責任ではない。」・・・と。また、同じく待ち合わせに遅れた別のタイ人の場合「雨が降り出したので止むまで軒先で雨宿りしていた。仕方ない・・・」・・・と。
「そんな言い訳が通用
すると思っているのか・・
!? 」「渋滞や雨は事前に
予測して来い・・!! 」とか
言いたいところだが・・・・
日本では考えられない事
がタイでは日常茶飯事で
まかり通っているのである。
Vol.32
「シニアは、現役より元気・・・・!? 」 < Part. 3 >
2010.11.8
Vol.30 & Vol.31では、当サイトLJT主催の「タイで気ままにゴルフ滞在 」というイベントに参加されたパワフルシニアの方々の事を記させて頂いたが・・・・その後、4週間ぶりにバンコクから家族のいる神戸に戻った。
そんな或る日、朝日新聞の一面に「シニア世代体力アップ」'98年度以降右肩上がり・・・・という見出しが眼に留まった。内容を読むと・・・'09年5月?10月「体力・運動能力調査」の結果らしい。特に65才以上のシニアに関しては'98年度以降継続調査の結果、握力&脚力&バランス&柔軟性etc.大半の項目がUPしているらしい。
UP理由としては、なぁ?る程と思うが・・・・最近の平日昼間のスポーツジムはリタイアメント・シニアで大賑わいとなっているらしい。関西のあるスポーツジムでは、会員の8割以上がシニアで午前中はロッカーが空くのを順番待ちになっているとの事。また東京のスポーツジムがトレーニングサークルを開催したところ参加者全員が60台後半以上の方々だったらしい。もっと驚く事は、或るボクシングジムでは会員の1割がシニアでストレスの発散や肩こり防止のため通うらしい。最近では各トレーニングジム側もターゲットをリタイアメント・シニアに置き、リーフレットにもシニア世代がスポーツを楽しむ写真を掲載しているジムが多くなった。昔のスポーツジムのリーフレットにはエアロビクスをする若い女性のスナップが定番だったのだが・・・・!? シニアは若い人たちより長く続ける人が多く、日課のように通う方々が多くなっているのがその大きな理由と云う。スポーツジムだけではなくシニアの方々が朝早くジョギングをしたり、グランドシニアの方々がご夫婦で仲良くウォーキングされている姿を小生宅近くの公園でもよく見かける。
確かにいろいろなトレーニングで体力面ではUPしている事は実に嬉しいことである。しかし欲を云わせて頂くと・・・・リタイアメント・シニアの方は脳トレーニングも現役時代と同様に継続頂きたい。我々シニアには何十年も積み上げた「知の財産」がある。我々がジュニア時代、当時のシニアから学んだ事は数多い。知の蓄財は若い人達より必ず多いはずだ。そこには'過去の経験値'の宝庫に山積みされている。しかも経験値は定年後も蓄財でき伝播しても減っていく事は無い。我々リタイアメント・シニアは幸いにも現役時代と違って周りからのプレッシャーも軽減されストレスなんかも気の持ち様ではないだろうか・・!? これからも益々「 心 & 技 & 体 」をトレーニングし大いにセカンドライフをエンジョイしよう!!
Vol.31
「シニアは、現役より元気・・・・!? 」 < Part. 2 >
2010.10.15
前章( Vol.30 )では、日本を出発し4,620 Kmも離れたバンコクに着いたその日( 9/27 )の出来事を記したが、今回は続編として到着翌日( 9/28 )からの事を記させて頂く。
普段の日本の我が家なら夜の10時過ぎになるとテレビの前でコックリ病が始まるシニア世代も「微笑みの国タイランド」では違うのか!?・・・・翌日には、さっそく雨季のムシ暑い中で1ラウンドのゴルフをされたとの事。小生はこの日のゴルフを最初からご辞退していたが、翌々日( 9/29 )のラウンドには初めてご一緒させて頂いた。そのゴルフのプレー振りにも「お元気シニア」を目の当りにし唖然とさせられた。
最年長のK氏は71才ながらドライバーを常に230?250ヤードぶっ飛ばし、オフィシャルハンデ10.8という凄腕。雨季のムシ暑いフェアウエーをカートにも殆ど乗らずサッサ & サッサと徒歩プレー。お上手なのでフェアウエーにしかボールがいかないが故のなせる業なのか・・・・!? 62才の小生がカート頼りプレーをしている事に若干恥ずかしさを覚えた。しかも約10年後、K氏と同じ71才の小生を想像したら・・・・とてもじゃ無いが「絶対無理 !!」
年長者No.2のS氏は、昨年もLJTのイベントに参加され小生とは一年ぶりのバンコク再会。この方も社会人としては現役引退しているが、スポーツでは現役続行中のスーパー・シニア。ゴルフだけでなくスキューバーダイビングやスキーも・・・・。しかも驚くべきはスキーの公認指導員の資格を持たれ今でもバリバリの現役スキーヤー。歩くだけでヒーヒー云っているメタボ・シニアの小生としては、膝をクッションとする雪上滑降なんて・・・・30才代で忘れてしまった無謀なスポーツとしか思えない。
もう一人のA氏は63才のコテコテ関西人。誰が見ても63才には見えない。現役時代はフィリピン初めプロジェクトを組んで様々な国での駐在経験持ち主。関西弁で回りの人たちもいつの間にか巻き込んでしまう。ゴルフも完全歩行で負けそう!?・・と言うより・・・・正に完敗である。オフィシャル14との事で初めてのコースでも80台できっちりまとめられ、話材も含め現役時代は相当慣らした形跡があちこちに覗える。
最年少のT氏(60才)はハンデ8というシングルプレーヤー。初めてのタイランド & 初めてのゴルフ場。同組で回った主催者山下代表の余りにも間違った我流プレー振りを見かねて、思わず専属コーチに変身。基本的なグリップの握り方からアドバイスしながらのプレー、それでもグロス82でまとめられるとは・・・・さすがとしか言いようが無い。山下代表もT氏に今後発足予定の"LJT ゴルフ部会長"をお願いしていたのは言うまでも無い。
最後に主催者の山下氏であるが、代表の立場もありご本人の名誉の為ゴルフに関するコメントは差し控えさせて頂く。もしどうしても知りたい方は次回の「タイで気ままにゴルフ滞在」のイベントに是非参加して頂きたい。但し今回のT氏による懇切丁寧なラウンドレッスンで初めて開眼したとの本人弁もあるため、帰国後アドバイスを忠実に守り & 真面目に練習すれば変貌の可能性も無きにしも非ず・・・・ということかも・・・・!?
以上が今回のLJTイベントで御一緒した参加メンバーの方々から感じたを2編に分けて本音で記させてもらった。
小生も気持ちの上では若者にも絶対負けないという自負もあった。しかしながら、世の中には小生より数段年長にも拘らず、心身とももっと若いシニアがいるという事を思い知らされた。しかも出逢った全ての方が小生より若い肉体と精神を有していた。「恐るべきジャパニーズ・シニア !! 」 今更若返る事ができないかも知れないが、現状維持のままあと10年過ごせたらどんなに素晴らしいだろう・・・・!? まだまだ遣りたい事が一杯ある・・・・!!
今回のイベントでパワーを頂いた「Kさん」「Sさん」「Aさん」「Tさん」それに「山下代表」・・・・・本当にありがとうございました。これからも末永いお付き合いよろしくお願い致します。
Vol.30
「シニアは、現役より元気・・・・!? 」 < Part. 1 >
2010.10.13
今回は当サイト" 日タイ・ロング
ステイ・ネットワーク"( LJT:
山下代表 )主催の「タイで気まま
にゴルフ滞在」というイベントに
参加し、その中で感した事を記さ
せて頂く。
時期は2010年9月27日?10月1日という4泊5日(プラス機中泊1泊)旅程のイベントでのこと。代表の山下氏も東京から同行してバンコク入りし、LJTの現地サポーターをつとめる小生もバンコク滞在中だった為、1ラウンドのゴルフと数度のお食事会に参加させて頂いた。イベント参加の方々は日本から狭い機内で 6時間の長旅から開放されるや・・・・続いて列をなした入国手続へ・・・・。東京と大阪からの2グループに分かれていたが、バンコク・スワンナプーム国際空港への到着がどちらも15:30前後とほぼ同時刻のため無駄なく空港で合流。空港からは約1時間の車移動・・・・と続く。
ようやく街中の日本人駐在員も多く利用するサービスアパートメント「アデルフィグランデ」にチェックイン。ホッと一息、横たわれるベッドが目の前にあるのに・・・・少々荷物の整理をするだけで夕食のため "サイアム"へ移動。移動は何でも体験と云う事でバンコク自慢のBTS(高架鉄道)。ウェルカムディナーはタイ料理の店" バーン・クン・メー "日本語に訳すと「お母さんの家」という店名だ。実際小生はそこで初めて今回のイベント参加者の方々にお会いさせて頂いた。
今日の朝一番で日本を出発してから4,620 Kmも離れた異国まで旅し、若者でも相当疲れるはずなのに小生が初めてお会いした5名のシニアの方々はまるで'となり街'に来ただけかのようにお若く元気そうだった。何よりもこれが初対面の第一の驚き。食事をしながら歓談し、各シニアの年齢を聞くと最年長のK氏(71才)から最年少のT氏(60才)までいずれの方々もお世辞でも何でもなく実年齢より5才くらい若く見える・・・・それが第二の驚き。'これは美味い !!'とか'これは変わった食感だ !?'などと言い交わしながら2時間弱の食事会を終えようやく落ち着かれたようだ。
時間も夜の9時になっていたので普通の方なら「明日はゴルフだし、今日はホテルに帰り風呂にでも浸かって早く寝よう・・・・!!」ところが、今回のシニア連は違っていた。一同揃って夜の街「タニヤ」と呼ばれる日本人向けのカラオケ・クラブに繰り出したのだった。肉体的には疲れているはずなのに・・・・皆さんお得意のカラオケを数曲ずつ熱唱。主催者の山下氏はタイ・ソングを歌いこなしタイ人ホステスもヤンヤの喝采。小生も含め残りのシニア連はさすが年齢に合った演歌調の曲を選んだ為、自然とお互いが協調。シニア世代の耳に慣れ親しんだ曲の熱唱は、わずか半日前まで全く知らない者同士だったシニア連を一気に旧知の間柄に変化させてしまった。
全員が満足げな顔でお店を出てきた時、すでに午後11時をまわっていた。( 実際のところ時差があるため、日本時間では日付も変わった深夜1時過ぎなのだが・・・・!?)
最近のシニアは本当に「元気だぁぁぁ?? !! 」・・・・・・以下、次章に続く・・・・
